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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『盤上の向日葵』『捕まえて、食べる』ほか

今週の新刊

◆『盤上の向日葵』柚月裕子・著(中央公論新社/税別1800円)

 14歳で29連勝という記録を打ち立てた藤井聡太四段のおかげで、将棋熱がヒートアップしている。天才棋士を描く柚月裕子『盤上の向日葵』は、2015年に連載開始した長編小説だから、狙ったわけではないが、時宜を得ている。

 埼玉天木山山中で発見された白骨死体と一緒に発見された将棋の駒。名人の手による600万円相当の逸品だった。大宮北署の老若刑事コンビが、駒の出所を探すため、京都、宮城、広島、富山と旅に出た。「将棋の世界は遺恨の塊」という証言が事の根深さを表す。

 時代はさかのぼって昭和46年の諏訪、親から虐待を受ける新聞少年と退職した元教師の、将棋を通じての交流があった。少年は自立して東大を卒業、実業界からプロ棋士に転身していた。彼の師となる真剣師の存在が見え隠れし、驚くべき過去が読者の目の前に。

 老若刑事コンビ、父と子、過去の宿命、天才が陥る罠と、松本清張『砂の器』を将棋界に移し、それに負けぬ結末が待っている。

◆『捕まえて、食べる』玉置標本・著(新潮社/税別1300円)

 ニッチな趣味や関心をプロもお手上げのしつこさでブログに綴(つづ)り、やがて出版社が発掘し、本になるケースが増えている。カニ、タコ、野草から昆虫まで、自力で捕食し食べる玉置標本もその一人。

 『捕まえて、食べる』は、埼玉県東部で育ち、大学は山形と、自然の中で食文化を謳歌(おうか)した体験の延長線上にあるリポート。なんだかバカバカしいが、思いっきり楽しんでいる著者の姿勢と、自由な文章が、その気にさせる。

 海辺で捕獲したカニの肉は、製麺機で生パスタと中華麺を自作し、和(あ)える。天ぷらの高級ネタ「ギンポ」を、針金ハンガーで釣る。仲間から「便所」「魚市場」「猫の肛門」という感想が出た、世界で2番目に臭い「ホンオフェ」に挑戦と、悪食道にも手を染めた。

 ターゲットを調べ、作戦を練り、出かけていって捕まえて料理する。そこに「私の好奇心を満足させるすべての要素が詰まっています」と著者は書く。つまり、これは冒険物語でもあるのだ。

◆『ちゅうちゃん』向山義彦・著(幻冬舎/税別1700円)

 『ちゅうちゃん』の著者・向山義彦は、2015年に本書を書きあげ死去。すでに故人である。88歳まで大学で英文学を教えた。昭和11年に山梨の片田舎で育った少年が、いかにして英語と接し、英語とともに生きぬいたかを綴る一代記。独学で英語を学び、敗戦後、ハンバーガーとコカ・コーラを手にし、GHQで本場のイングリッシュに接した。ニックネームは「スマイリー」。結核での入院生活を経て、ついに憧れのアメリカの地を踏む。日本の英語受容史を体現した人であった。

◆『夏の情婦』佐藤正午・著(小学館文庫/税別600円)

 『月の満ち欠け』で第157回直木賞をついに射止めた佐藤正午。デビュー当時、1986年から88年にかけて発表された五つの短編を収録するのが『夏の情婦』だ。表題作では、学習塾の講師を務める26歳の若者が主人公。バッティングセンターで知り合った、性欲を満たすだけの年上の女がいて、夏の日課のように、毎日交わっていた。それを誰かに宛てた手紙のように、「ぼく」は机に向かって書くのだった。企(たくら)みと虚構に満ちた現在の作風とは違い、繊細な感性で若さの倦怠(けんたい)を描く。

◆『中原中也』佐々木幹郎・著(岩波新書/税別900円)

 今年は生誕110年、没後80年に当たる詩人『中原中也』。すでに複数の中也論、全集の責任編集を務めるなど、佐々木幹郎は中也研究の第一人者である。本書では「沈黙の音楽」と副題があるように、最終テキストが出来上がる前の創作過程に踏み入り、中也の精神の奥底にまで手を伸ばす。第1詩集『山羊の歌』(1934年)は本文印刷から製本販売まで2年を要し、校正は7校に及んだ。通常廃棄される校正紙が残存。新資料として、完成に至るまでの詩の生成の秘密が解き明かされる。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年10月15日号より>

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