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完璧でなくても強くなくても人は許されていると思う
◆『パラダイスィー8』雪舟えま・著(新潮社/税別1700円)
収録された6編は、いずれも現実に近いけれど、どこかずれた世界を舞台にしている。「失恋給付マジカルタイム」では、失恋すると役場からお金が支給される。「おやすみ僕の睡眠士」は、悩みを抱える人の代わりに睡眠士が眠ってくれる。
「もうひとつの世界に暮らす人の日記のように、小説を書いています。『失恋~』のように、傷を負った人も生き延びていける世界を描きたい」
4歳でノートに女の子が花を盗む話を書いて以来、ずっと小説を書いてきた。漫画家にもなりたかったという。大学から短歌をつくるようになり、歌集『たんぽるぽる』を上梓(じょうし)。ほかにも、占師をやっていた時期があったり、バンド活動も行う。多才な人なのだ。
「小説は世界まるごとを描くことができるのがいいと思います。どこかに保存されている物語をダウンロードするようにして書いています。頭で書くとどこかつくりごとになってしまいますが、上から降りてきたものを自分というパイプを通すようにして書くと、自分でも驚くような小説ができるんです」
「圧倒てき」「放課ご」「転てん」など表記も独特で、「呼吸というか生理のようなものですね。こうするのが自然に思えるんです」。
また、登場人物の名前を付けるのが好きで、気に入った人の名前をメモしているという。たしかに、折々坂(オリオリザカ)、野花南(のかなん)、耳内(みみうち)など印象的な名前が出てくる。
「キッチン・ダンス」は、現実の友人関係が夢の世界で変奏されていく話だ。
「人生にはいろんなタイムラインがあって、そのひとつにいまの〈私〉がいる。だから、この〈私〉が機嫌よく過ごすことで、全部のタイムラインの〈私〉が少し幸せになれるんじゃないかと思って、書きました。私にとって、小説の登場人物はイマジナリーフレンド(空想上の友人)のようなもので、彼らと一緒に生きている感覚があります」
「愛たいとれいん」の主人公は、列車に乗って恋人に会いに行く。まさに日記のような物語。「皆どこかわからないところからやってきて、光の中でひととき見えない糸をからめるように濃く淡く関係を作って、どこかわからないところへ退場していく」という一節が印象的だ。
「ここは私の実感でもありますね。最近になって、人がひととき一緒にいることの不思議さを感じています。どんな過酷な状況にあっても、ささやかな幸せやうれしいことは見つかります。それと、別の日の日記には別の物語があるわけです。日記のような物語を書き続けていくと、大きな何かにつながれるような気がします。引いて見ると銀河系のようになっていればいい」
そういえば、ここに登場するカップルは惑星を舞台とする物語(『恋シタイヨウ系』)にも登場する。
人は一人では生きていけない。そのシンプルな真実が、一連の優しい物語を貫いている。
「私も夫もバランスの悪い人間ですが、二人でいればなんとかなる。一人でバランスを取らなくていい。完璧でなくても強くなくても、人は許されていると思うんです」(構成・南陀楼綾繁)
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雪舟えま(ゆきふね・えま)
1974年、北海道生まれ。小樽市在住。著書に歌集『たんぽるぽる』、小説『タラチネ・ドリーム・マイン』『凍土二人行黒スープ付き』『恋シタイヨウ系』など。また、バンド「スリリングサーティー」のボーカルでもある
<サンデー毎日 2017年10月15日号より>