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<その179> 政治家の原風景=城島徹

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芦屋駅前でVサインをする小池百合子さん=1992年7月18日、山田哲也さん撮影 拡大
芦屋駅前でVサインをする小池百合子さん=1992年7月18日、山田哲也さん撮影

 希望の党の代表に就任し国政を揺るがす小池百合子東京都知事がテレビの人気キャスターから政界に打って出た四半世紀前、彼女の故郷「阪神間」で取材した私のノートには政治家としての未来の姿を予言するかのような言動や周囲の証言を記録したメモがある。

 「芦屋で生まれ育ったことをエネルギー源として頑張りまーす」。参院選投票日を目前にした1992年7月18日、JR芦屋駅前の街頭演説に現れたショートカットの女性が声を弾ませた。当時40歳の小池百合子さんである。

 大阪と神戸にはさまれた阪神間は六甲山やヨットハーバーのある海辺に近いハイカラな土地柄だ。フランス語で山と海を表す「モンテメール」の名を冠した駅ビル前に芦屋市立岩園小学校と私立甲南女子中学、高校の旧友たちが華やかな装いで集まっていた。

 元同級生は「彼女は何かをやりそう、と思っていました」と笑顔を見せ、中高時代に国語を教えた女性教師は「のびのびとしてウイットがあり、ユニークで芯があり…」と振り返り、「他の子が迷っている時に、スッと行動できるお嬢ちゃんでした」と証言した。

 そこで「おや?」と思った逸話がある。「文章も上手で、『うそ』と題した作文が印象に残っています。うそも方便という内容で……」。恩師は大人びた発想に驚きを覚えたという。

 選挙カー横で「お父さんは中曽根康弘さんや石原慎太郎さんと親しくて、政治に非常に関心がある。やはり血筋でしょうな」と胸を張る支援者もいた。父勇二郎さんは69年の衆院選で阪神間を主戦場とする旧兵庫2区から立候補して落選している。

 その投開票があった12月27日夜、支援者が引きあげた選挙事務所で17歳だった小池さんがセーラー服姿で一人残って掃除する姿を記憶するスタッフがいた。「悔しそうでした。あれが原点では?」。そう証言したのは後に石原都政で副知事を務めた浜渦武生さんだ。

 参院選に勝ち国会議員になった小池さんは翌93年、衆院にくら替えして、因縁の兵庫2区から「ふるさと兵庫からの改革を」と立候補。日本初の女性党首(社会党元委員長)で護憲のシンボル的存在の「おたかさん」こと土井たか子さんに続く高得票で当選した。

 1年の間に髪形をセミロングに変え、特有の才気を放つ小池さんに「憲法改正への考えは?」とぶつけると、「みんなでよく話し合って決めることですね」と笑顔でかわされた。ある女性コピーライターは土井さんを「日持ちのするバウムクーヘン」、小池さんを「きれいだけど味は未知数のワインムース」と評したのだった。【城島徹】

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