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科学と映画の間合い

わたしを離さないで 2010年・英国

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分身の切ない青春

 山中伸弥さんのノーベル賞騒動も、ようやく落ち着きを見せた。実際の成果を出すにはこれからが正念場だと、前向きな発言をする山中さんのことだから、再び研究にまい進しているはずだ。

 今回の受賞理由となったヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)作製が報じられたのは2007年11月21日。ちょうどその頃、科学技術に対する国民の意識を問う世論調査が実施されていた。

 目を引いたのが、「科学のニュースに関心がありますか」に対する回答。「ある」という答えの割合が、3年前の調査から8・4%増の61・1%に増えていたのだ。

 ぼくはこれを「山中効果」と呼んでいる。調査が実施されていた頃、ワイドショーでは連日、明日にでも臓器再生ができるかのような報道がなされていた。それが効いたと思っているからだ。

 クローン羊ドリー誕生のニュースが世界を駆け抜けたのは、そのちょうど10年前。このときは、教祖のクローンが生まれたと発表したカルト教団まで出たほどの大騒ぎになった。一笑に付したいうそだが、ドリーによってヒトクローン作製が現実味を帯びたのだ。

 ドリーが投じた波紋は、日系イギリス人作家カズオ・イシグロによってみごとな文芸作品に昇華させられた。05年に発表され、その後映画化された本作品である。

 主人公は謎めいた寄宿舎で育ったキャシー・H。そこの子供たちの名字はなぜかイニシャルだけで身寄りのない子ばかり。生徒たちは自分の境遇や行く末にさまざまな想像をめぐらすのだが、確実な答えは見つからない。

 それでも16歳で巣立つ頃までには、自分たちが特別な存在であることに気付くようになる。彼らは、もう一人の自分に臓器移植の必要性が生じる日に備えて待機しているクローン人間なのだ。

 寄宿舎を卒業した生徒たちは、介護人となり、臓器提供をしたクローン人間の世話をする。彼らはそんな残酷な現実を淡々と受け入れる。切ない青春だ。

 「分身」とは対等になれないクローン人間。自分がそんなクローン人間だとしたらどんな気持ちだろう。そういえばこれまで、思いもしなかった視点である。

 iPS細胞が登場した今、臓器提供用クローン人間という設定は現実味を失った。ならばどんな作品がありえるのだろう。すごい研究が人々の関心を喚起し、作家の創造意欲を刺激する好循環に期待したい。(渡辺政隆・筑波大サイエンスコミュニケーター/教授)

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