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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『編集ども集まれ!』『すごい古書店 変な図書館』ほか

今週の新刊

◆『編集ども集まれ!』藤野千夜・著(双葉社/税別1700円)

 藤野千夜(ちや)は2000年に『夏の約束』で芥川賞を受賞。性同一性障害を公にし、女性として生活している。『編集ども集まれ!』は、その分岐を記した自伝的長編だ。

 1985年にJ保町の出版社で働き始めた小笹一夫は、漫画編集部へ。漫画一筋の彼には夢の仕事だ。担当する雑誌はエロ路線だったが、梶原一騎原作の「男の星座」を連載。個性的な編集者の集まる楽しい職場を謳歌(おうか)しつつも、彼には秘密があった。そして、ついにスカートをはいて出社。

 女性作家の笹子として生きる現在と、過去を交互に描きつつ、本の町・J保町の変遷や、トキワ荘など漫画の聖地巡礼、人気漫画家の素顔が、虚実入り乱れて活写される。そしてある日、女装を咎(とが)められ、社を解雇となった。

 けっこう深刻で複雑な内容だが、手塚治虫を頂点とする漫画への「愛」が全編に貫かれ、読み口は心地よい。一夫と笹子に「漫画があってよかった」という鉄板の信念があってよかった。

◆『すごい古書店 変な図書館』井上理津子・著(祥伝社新書/税別800円)

 町の本屋の数はピークから半減近い……なんて話はもういい。井上理津子『すごい古書店 変な図書館』は、それでもがんばる「本屋」117店を、そこで働く人たちと共に紹介する。

 新井薬師「文林堂書店」店主は「ドストエフスキーをつまみに酒を飲み、軽薄短小に共鳴し、『道理の感覚』を養って」店内びっしりに本を並べる。学芸大学「流浪堂」の店主は、若い時分に旅の資金稼ぎにアルバイトしたのが古本屋だったのをきっかけにこの道へ。

 100軒あれば、100通りの方法と、100人それぞれの人生があることが分かる。釣り、軍事、ファッション、写真集、絵はがき、洋書と扱う専門もさまざま。働くミュージシャンに、曲作りの参考にと江國香織をすすめた若い店主もいた。こうなると、古本屋こそ、本来の意味での「本屋」だという気がしてきた。

 全国のユニークな専門図書館もガイドされ、本が置かれた場所はこんなにも楽しいことを実感する。

◆『松任谷正隆の素(もと)』松任谷正隆・著(光文社/税別1600円)

 妻のユーミンをサポートし、ミュージシャンとしても超一流。そして大の車好きの趣味人が松任谷正隆。『松任谷正隆の素(もと)』は、少年時代から、いかにして彼が作られたかを回想する。オーディオ、時計、スニーカー、ダッフルコート、カメラ、映画、そしてピアノ。ペダルに足が届かなかった頃からピアノを弾き始め、最初はクラシック、中1でフォークのバンドを組んだ……なんて草創期の音楽話は、興味津々だ。よく遊んだ者に神がもたらしたプレゼントで、松任谷正隆が出来上がった。

 ◆『父のこと』吉田健一・著(中公文庫/税別860円)

 田中角栄に注目するくらいなら、むしろこの人だろう。白足袋・ワンマン宰相と呼ばれた吉田茂は、今年没後50年。『父のこと』は、その長男で英文学者だった吉田健一が書き残した、父についての文章と対談を一冊にした文庫オリジナル。戦後、健一は時の宰相たる父の援助を受けず、ボロ靴を履いていた。そんな潔い父と子だった。官邸で御馳走(ごちそう)になったこともあったが、政府から金が出ていると考えると行くのをやめたと言う。「じめじめしたことが嫌いだった」父の思いを子も受け継いだ。

◆『うたげと孤心』大岡信・著(岩波文庫/税別910円)

 本年4月に86歳で亡くなった詩人で評論家の大岡信(まこと)。40代での記念碑的仕事が『うたげと孤心』だ。歌仙や連詩の実践から、共同で作品を作り上げる「うたげ」と、創作者が一人一人表現に向かう「孤心」の二つで成り立つところに、日本文学の独自性があると指摘した。日本人の美意識の根幹をなす「うたげ」は、文芸以外の芸術、芸能にまで、その原理が働いている。同時に研ぎすまされた「孤心」が必要だ。今では当然と思われる詩の構造を言い当てて、著者の名を大いに高めた。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年10月29日号より>

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