西室泰三さん死去

東芝、郵政で改革率先 影響力大、弊害も

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東京証券取引所に上場後、記者会見する西室泰三・日本郵政社長=東京・日本橋兜町の東京証券取引所で2015年11月4日、丸山博撮影
東京証券取引所に上場後、記者会見する西室泰三・日本郵政社長=東京・日本橋兜町の東京証券取引所で2015年11月4日、丸山博撮影

 亡くなったのが18日に分かった西室泰三さんは東芝、東京証券取引所、日本郵政と日本を代表する巨大企業の経営トップに就くたびに組織が抱える課題に真正面から向き合い、改革に率先して動く人だった。【横山三加子、秋本裕子】

 西室さんは1961年に東芝に入社。主力の原発など重電部門の経験はなかったが、米国駐在が長く、滑らかな英語で粘り強い交渉をやり抜く「タフネゴシエーター」として評価され、96年に8人抜きで社長に就任すると、タフネゴシエーターの一面は社内にも向けられた。

 98年9月中間決算で半導体の不振などから戦後初の経常赤字に転落するなどし、経営改革は待ったなしに。事業ごとに社内分社化して環境変化にスピーディーに対応すべきだと取締役会に提案。当時の会長らの反対を押し切って改革を断行した。99年の会社分社化は、会長時代の2003年の委員会設置会社につながり、東芝は企業統治の優等生と見られるようになった。

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