メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

作家の古処誠二さん=福岡県で2017年10月20日、鶴谷真撮影

 優れた出版物の著編者、出版社などを顕彰する第71回毎日出版文化賞(特別協力=大日本印刷株式会社)の受賞図書が決まった。文学・芸術部門▽人文・社会部門▽自然科学部門▽企画部門▽特別賞の5部門。各部門の受賞者を5回にわたって紹介する。

     ◆文学・芸術部門 『いくさの底』(KADOKAWA・1728円)

    戦時も変わらぬ人間

     「この受賞が、小説をより多くの人に読んでいただくきっかけになればいいですね」。控えめに喜びを語る。太平洋戦争にまつわる個人の手記や戦友会報、さらに戦史叢書(そうしょ)といった資料を精査し、戦地での人間ドラマを創作してきた。登場人物たちがどこかクールで、感動や悲劇から距離を置くのは「敗戦あるいは反戦という今の視点を絶対に小説に入れない」ゆえ。読者は、当時の必然に従って動く人間たちの肩口に乗り、時に内面に入り込む。

     その一つの到達点が本作だ。1943年初頭、日本軍占領下にあるビルマ(現ミャンマー)の村が舞台となる。中国国境を越えて「支那兵」がたびたび出没するため、日本軍の警備隊が駐屯する。語り手は、軍に同行する民間人通訳だ。駐屯初日の晩に隊長が何者かに刺殺され、すぐに第2の殺人事件が発生。ミステリー色が濃厚だ。「ただし、犯人捜しの物語というつもりはありません」

        ■  ■

     軍の側で言えば、メンツ第一で失点を防ぎたい士官、その意をくむ下士官、不毛な仕事を嫌うベテラン兵たちの思惑が生々しい。そして村人たちは、戦乱の世にあって何とか平穏な暮らしを保とうと知恵を絞る。疑心暗鬼の視線が飛び交う。読み手すら、作中の「誰か」にじっと観察されている気分になるはずだ。その「誰か」は人の道を問い、ある正義を回復しようとしている。人物の顔かたちを書かないのに、わずかな仕草の描写でもって像を結ばせる筆は手練の技である。

     「資料では、戦史よりも現地の生活や風俗に注目します。いつも思うのは、例えば上司へのムカツキの感情など、平時も戦時も人間は変わらないということ」。戦後の知識や知恵が入り込まない古処文学の数々だが、ふと眼前の現代社会を想起させる瞬間がある。学校や職場、地域でのいじめや差別、それらの総体としての格差拡大、さらに個人の自由を抑圧したり戦争に参加しやすくしたりする法の整備……。平時の中の“戦争状態”と言っていい。この作家が、体験者による戦記文学とはまったく異なる、新たな文学領域を開いたと評されるゆえんだ。

        ■  ■

     さて、隊長を殺したのは誰か。なぜ殺したのか。「最初に設定したゴールへ向かって、素直に書けました」と作家はほほ笑む。終盤、幾重にも糊塗(こと)された過去がむくむくと立ち現れる。小説を読む快感がここにある。【鶴谷真】=つづく


     ■人物略歴

    こどころ・せいじ

     福岡県生まれ。工業高卒後、航空自衛隊に約7年勤務。『UNKNOWN』で2000年デビュー。作品に『接近』『七月七日』『敵影』など。直木賞候補3回。47歳。

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 日産会長逮捕 ゴーン神話「数字の見栄え良くしただけ」
    2. ゴーン会長逮捕 日産社長「私的流用、断じて容認できない」 会見詳報(1)
    3. 高校野球 練習試合で頭に死球、熊本西高の生徒が死亡
    4. 全国高校サッカー 県大会 西京、5年ぶり全国切符 高川学園の猛攻しのぐ /山口
    5. 日産 ゴーン会長を解任へ 「会社資金を私的に流用」

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです