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ロシア革命から100年 強権統治という負の遺産

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 1917年11月7日にロシアで、レーニンのボリシェビキ(後のソ連共産党)が武装蜂起して政権を握ったロシア革命から100年になる。帝政ロシアを倒した同年の「2月革命」(旧ロシア暦)に続く「10月革命」(同)とも呼ばれる。

 これが出発点となり、人類史上初の社会主義国家である「ソビエト連邦」が22年に誕生した。やがて欧米など自由主義諸国に対抗する超大国となった。

 無産階級を解放し、民衆が権力を握るという社会主義思想が、世界に波及力を持っていたことは間違いない。その思想に基づいてアジアやアフリカでは社会主義政権が誕生し、ソ連はその盟主になった。

 一方で、スターリンの大粛清に見られるように、共産党の一党独裁体制による市民社会の弾圧という負の側面も大きかった。中国やカンボジアなど各地に広がった社会主義国でも、虐殺や人民弾圧という共通現象を生み出した。

 民衆の解放という理念を説きながら、暴力で民衆を弾圧するという矛盾を抱えていたのが社会主義の限界だったのではないか。

 ソ連は91年に消滅した。

 新生ロシアは当初、欧米と同じ民主主義を目指した。しかし、急激な経済自由化と民主化が社会の混乱を引き起こし、プーチン政権は再び、欧米と一線を画した強権的な統治手法に回帰している。

 政権に批判的な勢力を「欧米の手先」と呼んで弾圧し、メディアをコントロール下に置いて国家統制色の強い翼賛的な体制を作り上げた。

 発展が立ち遅れたロシアが欧米の先進諸国と互角に渡り合うには、市民の自由よりもまずは国力の強化だと国民を説き伏せてきたのがプーチン氏である。体制はどうあれ、国際社会の中で大国の地位を確保しようという国家エゴともいえる。

 今やプーチン氏は、ロシア革命前の皇帝に近い存在になった。体制を動揺させかねない動きを一層、力で押さえつけようとするだろう。

 しかし、必要とされるのは、国民の意思が政治を動かす民主的なシステム作りである。それが100年たってもできず、力に頼る統治が今なお続いているところに、ロシアが抱える「負の遺産」の根深さがある。

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