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岡崎 武志・評『森へ行きましょう』『京都で考えた』ほか

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今週の新刊

◆『森へ行きましょう』川上弘美・著(日本経済新聞出版社/税別1700円)

 川上弘美の新作長編『森へ行きましょう』は、あっと驚く趣向による新聞小説。1966年の同日に生まれた2人の娘が留津とルツ。ただし双子ではない。ありえたかもしれないもう一人の「自分」が、交互に描かれる。

 たとえば93年に留津は結婚するが、ルツは2015年に48歳で結婚するまで独身である。しかも、相手は同じ神原俊郎で、少し設定が違っている。ほかにも11年東日本大震災など、彼女たちは分岐点で迷い悩み、新たな道を選ぶのだ。

 自分の意志で選択している気でいるが「人は誰も深い森の中にさまよう」(ルツの言葉)ように生き、みんな寂しい大人になっていく。読者は2人の年齢に応じて、深く共感するはず。離婚しなくても妻は夫を、夫は妻を何回か捨てるという怖い省察もある。

 実験小説みたいだが、そうじゃない。不確定な未来と向き合う2人。友情、不倫、ゲイありと、「人生エンタメ」とでもいうべき、これぞ川上ワールド。

◆『京都で考えた』吉田篤弘・著(ミシマ社/税別1500円)

 知的で静かな女性に人気の吉田篤弘。卓抜なエッセイ『京都で考えた』は、ガイド本ではなく、「京都で考えたことをありのままに書こう」という趣向である。

 近年、海外からの観光客が爆発的に増えて、どこも混雑し、どこも騒がしい古都も、著者の手にかかると静謐(せいひつ)な街となる。行くところは古本屋、古レコード屋、古道具屋と「古」の世界。あとは喫茶店と洋食屋。京都である理由はなさそうだが、あくまで京都だ。そこにこそ、吉田篤弘がいる。

 「自分にとって京都という街は、そういった店々を停留所にして、あてどなく歩きまわることに尽きる。そして、歩きまわることが、そのまま考えることになる」と書かれたことが、この薄く小さな趣味のいい本を読むとよくわかる。

 また、京都にも居を構える小さな出版社「ミシマ社」から出されていることにも意味がある。ミシマ社だから買うという読者は多い。手書き印刷による挟み込みの通信など人肌を感じさせる。

◆『死民と日常』渡辺京二・著(弦書房/税別2300円)

 水銀の環境汚染を防ぐ国際ルール「水銀に関する水俣条約」が8月16日に発効。熊本の小さな漁村が世界に知られるのは、長い水俣病闘争があったからだ。渡辺京二は、会社からも国家からも見捨てられた患者側に立ち、「義によって助太刀いたす」と若き日より活動を支援してきた。『死民と日常』は、単行本未収録と未発表を含め、ここに全活動の記録をまとめる。水銀汚染の被害補償という枠組みの奥に「この世の抑圧の根源に迫る闘い」を見いだした。「闘争」の本質を根底から思考する書だ。

◆『笑いで天下を取った男』難波利三・著(ちくま文庫/税別880円)

 朝ドラ「わろてんか」でモデルとなった吉本せい。せいと並走し、後を継いで“吉本王国”に君臨したのが弟・林正之助だ。難波利三『笑いで天下を取った男』は、小説による一代記。ユーモア感覚と明治人の律儀さを持ち、「面白そうやないか、やってみろ」と言いつつ、「ただし、赤字出しなや」とつけ加えた。エンタツ・アチャコを見いだし、萬歳という古風な芸を、新しい話芸「漫才」に改めた。テレビの時代に呼応し「吉本新喜劇」を立ち上げるなど、この人がいたから笑いはヨシモトなのだ。

◆『キリスト教は「宗教」ではない』竹下節子・著(中公新書ラクレ/税別800円)

 4世紀にローマ帝国により「国教」とされ、以来全世界に伝播(でんぱ)したが、『キリスト教は「宗教」ではない』と竹下節子は言う。第一章「『イズム』としてのキリスト教」に明らかだが、著者は、その教えがキリストの「福音」を信じる共同体による「生き方マニュアル」だと把握する。そこから信仰が生まれ、制度化されて「宗教」として成熟していく。その起源から普遍化への過程を、混乱する世界史から読み解く。日本でなぜ、あれほど布教が成功したかを論じる章は説得力に富む。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年11月19日号より>

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