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著者インタビュー 川合伸幸 『怒りを鎮めるうまく謝る』

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相手を赦すのは相手のためではなく自分のため

◆『怒りを鎮めるうまく謝る』川合伸幸・著(講談社現代新書/税別760円)

 インターネット上のブログやSNSのコメントに非難が集中する「炎上」、出身国や宗教などを標的とした攻撃的・侮辱的な発言「ヘイトスピーチ」。身近なところでは、パワハラやケンカ。本書は、現代社会に浮上する“怒り”から個人の感情までを読み解き、その対処法を探る。

「思春期になると『心って、人間って何だろう?』と考え始めたりしますよね。僕もそうだったんですが哲学には長い歴史があって、自分が新しい何かを見つけるのは難しいと思った。そこで当時、まだ生まれて100年そこそこの心理学を選んだんです。この学問なら、自分でも何か発見できるのではと思って」

 ネズミやサルを使った心理学や神経科学の研究を20年以上行い、人間を対象とした認知心理学・社会心理学へと研究の幅を広げる。本書は、その知見と巻末のリストからわかる膨大な資料に基づいて書かれた。それだけの裏付けを用意しながら、川合さんは決して断定的な表現をしない。

「人間は個体差が大きく、感じ方や考え方も、その時々で変わる。実験環境の統制もしにくいので、どれだけ再現性の実績があっても、まだ誰かが違う結果を出す可能性があるんです。だから決めつけるような表現はしませんでした。それにあまり強く言うと、言葉が独り歩きしてしまうようなこともありますから」

 事実を積み上げながら押しつけがましさのない語り口に、読者は素直に頷(うなず)くだろう。さすがは“感情のプロフェッショナル”と感じ入る。半面、生まれ育った京都の地域性を語る時は、悪戯(いたずら)っぽさを覗(のぞ)かせる。

「京都人、ホントに閉鎖的で鼻持ちならん感じですよね。京都から兵庫県西宮の大学まで電車で通ってたんですが、武庫川を越えると『ああ、今日も都落ちや……』って(笑)。二条城の横に住んでいる同級生と明石に行った時は『ここじゃ、光源氏泣くよね』『こんな鄙(ひな)はダメだ』とか言ってました(笑)」

 そして、自らも備えている京都人の性向を「ちょっと納得して楽しい」と笑う。『源氏物語』の「明石」を、さりげなく引いた友人との会話も雅(みやび)だ。

 怒りのメカニズムを解析し、効果的な謝罪のあり方を提示しながら、怒りの抑え方にも論は及ぶ。そして最終章では“赦(ゆる)し”について考察する。

「母にこの本を送ったら、タイトルを見て驚いたと言うんです。母からみれば僕は怒りっぽい方らしくて『ようこんなこと言うたなあ』と(笑)。仰せのとおりで、僕個人は怒らないこと、相手を赦すことを完璧にできているとは思いません」

 赦すのは、相手のためではなく自分のため。皆がそこに気づき、怒りを収めること、赦すことを少しずつでも積み重ねていけば、何世代か後には社会が変わっているかもしれない。

「60年ほど前、米国の黒人差別は激しかった。でも今はずいぶん改善されています。それも意識の変化の積み重ねによるものでしょう。こうして世界が少しずつ寛容になっていけば……。赦しの考察には、そんな期待が、図らずも込められているのかもしれません」(構成・小出和明)

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川合伸幸(かわい・のぶゆき)

 1966年、京都府生まれ。名古屋大大学院准教授。第6回(2010年)日本学士院・学術奨励賞などを受賞。主な著書に『コワイの認知科学』『ヒトの本性-なぜ殺し、なぜ助け合うのか』など

<サンデー毎日 2017年11月19日号より>

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