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ラ・プティット・バンド~~バッハが奏でた音楽に立ち返る至高のとき

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 古楽アンサンブルのラ・プティット・バンドが来日公演を行った。今回組まれたプログラムはJ.S.バッハの管弦楽組曲第3番、「音楽の捧(ささ)げ物」からトリオ・ソナタ、チェンバロ協奏曲第5番、世俗カンタータ満足について「われ心満ちたり」と、さまざまな様式が楽しめるオール・バッハ・プログラムだ。公演は大阪や東京など各地で行われ、筆者は10月14日の福島市音楽堂での公演を聴いた。

J.Sバッハのチェンバロ協奏曲第5番でアンサンブルをリードしたバンジャマン・アラール(中央・チェンバロ)
J.Sバッハのチェンバロ協奏曲第5番でアンサンブルをリードしたバンジャマン・アラール(中央・チェンバロ)

 管弦楽組曲の第3番で始まった公演は、冒頭から聴き慣れた作品への印象が打ち砕かれ、彼らの世界へと誘われる。それもそのはず、作品で高らかに用いられる管楽器やティンパニは使用されず、演奏は弦楽器とチェンバロのみで行われたのだった。これはアンサンブルを率いるシギスヴァルト・クイケンが、これらが後から加えられた可能性を考えたためで、従来の壮麗な調べに耳慣れた筆者にはとても新鮮に響いた。音量や過度な抑揚で華美に音楽を飾ることはない。しかしエールでのヴァイオリンとチェンバロのまるでレチタティーヴォのような自由な旋律や、ガヴォットでの経過音を用いた装飾など、当時行われていたと思われる装飾と奏法が、作品へ生き生きとした躍動感を与えていた。

 静かな中に複雑かつ緻密な対位法の美しさを浮き彫りにした「音楽の捧げ物」トリオ・ソナタを経て、チェンバロ協奏曲第5番でのバンジャマン・アラール(チェンバロ)の活躍ぶりは素晴らしかった。この作品ではチェンバロを真ん中に据え、客席から見てチェンバロの右手前にバロック・チェロを、左奥にバロック・ヴァイオリンと同ヴィオラを配置。中心的立場のチェンバロは撥弦(はつげん)巧みに音楽のスピード感を操り、アンサンブルをリードしていた。

 壮麗なチェンバロ協奏曲であっても、クイケンは音楽に、紡ぐ音色に、ひたむきな姿勢を崩すことはなかった。音楽とともに高揚することもなく、ただ真摯(しんし)に、バッハの音楽と向き合っているような印象を受けた。その姿勢はカンタータ「われ心満ちたり」でも同様で、コロラトゥーラとも違う丸みを帯びた歌声のアンナ・グシュヴェンド(ソプラノ)をはじめ、アンサンブル皆が慎ましく、ただただ音楽に対峙(たいじ)し、そのことに満ち足りていた。演奏家と聴き手の次元を超え、バッハが奏でた音楽に立ち返る。そんなひとときを、ラ・プティット・バンドは味わわせてくれたのだった。(正木裕美)


公演データ

10月14日(土)14:00 福島市音楽堂

ソプラノ:アンナ・グシュヴェンド

ラ・プティット・バンド

 

J.S.バッハ:管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068(弦楽合奏版)

J.S.バッハ:「音楽の捧げ物」BWV1079よりトリオ・ソナタ

J.S.バッハ:チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV1056

J.S.バッハ:カンタータ 満足について「われ心満ちたり」BWV204 (全8曲)

筆者プロフィル

 正木裕美(まさき・ひろみ) 国立音楽大学(音楽教育学)、同大学院(音楽学)修了。クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在は仙台市在住。「音楽の友」編集部では、全国各地の音楽祭を訪れるなどフットワークを生かした取材に積極的に取り組んだ。東日本大震災発生後、仙台に移り住み、同市を拠点に東北各地の音楽状況や音楽による復興支援活動などの取材に力を入れている。

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