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日本で生きるチベット難民(その2止) 日本に育てられ

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回診中、笑顔を見せる武蔵台病院の西蔵ツワン院長=9月19日、竹内紀臣撮影
回診中、笑顔を見せる武蔵台病院の西蔵ツワン院長=9月19日、竹内紀臣撮影

 

 ◆埼玉の地域医療支える留学生

チベット動乱が契機

 埼玉県日高市にある武蔵台病院の院長、西蔵(にしくら)ツワンさん(65)は1952年、商業が盛んなチベットの都市、シガツェに生まれた。使用人もいる裕福な家庭で、両親や妹と穏やかな日々を送っていた。

 ところが59年3月、チベット支配を強める中国政府に抵抗した住民たちが蜂起し、鎮圧される「チベット動乱」が起きると生活は一変した。チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世(82)はインドに逃れ、亡命政府を樹立。中国はチベット自治区を発足させ、抵抗する住民を厳しく取り締まった。チベット政府の役人として塩などの交易を担当していたツワンさんの父カルチェンさんはインド滞在中で、帰れなくなった。ツワンさんは通っていた小学校で「ダライ・ラマは国家分裂主義者だ」などと教え込まれるようになる。

 62年の初春の夜。突然、父が一人で家に戻ってきた。貧しいロバ飼いが着る、ぼろぼろの白い服に防寒用の目出し帽で変装していた。周囲に知れると命が危うい。このころ縄跳びで左腕を骨折していたツワンさんに「国境地帯の温泉で湯治をしよう」と言い聞かせ、一家で出発した。交易路を熟知する父の先導で、国境付近では中国兵の監視をかわすため昼は洞窟で過ごし、夜になると月明かりを頼りに歩き続けた。国境を越えたあたりで父…

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