<くらしナビ ライフスタイル>
ロシア革命から100年を迎えた。日本海に面したウラジオストクは、ソ連時代は外国人立ち入り禁止の軍港都市だった。今や「日本から一番近いヨーロッパ」と呼ばれる観光都市だ。帝政時代の雰囲気が残る町へ、週末ぶらりと出かけた。
●ビザはネット申請
ロシアは今年8月、ウラジオストク限定で日本人の渡航手続きを大幅に簡素化した。かつてはロシア側からの招待状を大使館・領事館に持参して査証(ビザ)を申請し、2週間後に再び出向く必要があった。それが、ホテルの事前予約なしにインターネット申請だけで済むようになり、今回は申請から1時間足らずで承諾のメールが届いた。成田から2時間のフライトで到着。8日間滞在可能なビザを空港で発給された。
モスクワから9000キロ以上離れたウラジオストクはシベリア鉄道の終点。帝政ロシアが「東方を征する町」として築いた。1917年にソビエト政府ができると、日本は「居留民保護」を名目に軍艦を出し、強行上陸した。シベリア出兵だ。かいらい政権樹立による資源獲得を狙ったとされる。当時の建物がたくさん残っている。
この記事は有料記事です。
残り855文字(全文1331文字)
毎時01分更新
河野太郎行政改革担当相が、新型コロナウイルスのワクチン接種…
日本医科大付属病院(東京都文京区)が、大学院生の医師に外来…
音楽演奏は楽器を使った「身体表現」である。中でも身体そのも…