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岡崎 武志・評『これが人間か』『バカ論』ほか

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今週の新刊

◆『これが人間か』プリーモ・レーヴィ/著(朝日選書/税別1500円)

 プリーモ・レーヴィは1919年生まれの化学者・作家。44年2月にアウシュヴィッツに強制収容され、翌年1月、ソ連軍の侵攻により解放されるまで、極限に生きた。その記録が『これが人間か』(竹山博英訳)。

 174517……これが左腕に刺青(いれずみ)された番号で、名も尊厳も自由も奪われた。過酷な労働、飢え、病が日常化し、「生き抜くためには、全員が敵」という戦いを強いられた。体を洗うことがエネルギーとカロリーの消費となるから避ける。朝、目覚めるのがつらい、疲れ切った獣たち。

 著者は理性と知性を保ちながら、人類最大の悪行を記憶した。今日ただいま、目の前で行われているように記す筆遣いに驚かされる。「これは地獄だ。我々の時代には、地獄とはこうなのだ」と書くが、比喩だとは思えない。

 解放され、戦後を生き、しかし87年に自死を選んだ。本書は旧版『アウシュヴィッツは終わらない』の改訂完全版。

◆『バカ論』ビートたけし・著(新潮新書/税別720円)

 ビートたけしならずとも、世の中「バカ」が多過ぎると、嘆きたくなる。『バカ論』は、メディアから政治、社会風潮まで、思う存分斬りまくる快著。

 悪ガキ時代、東京の下町で「バカ野郎」と言われて育った。長じて芸能界に入ると、「そこもやっぱりバカだらけ」。ただし、「笑えるバカも愛すべきバカ」もいる。そして許せないバカも。「芸能ニュースにくわしいバカ」なんてのはツイッターばかりやっている。しょうがねえなあ。

 老後になっても「自分探し」を続けるバカ。「人間なんてのは、ひとりで生まれて、ひとりで死ぬ」んだから、ただ「死ぬのを待てばいい」と、たけし巷談(こうだん)は、つねに明快である。つまり『バカ論』に身をやつした「正論」集だと読後に気づくはず。

 芸人仲間を寸評する章も楽しい。所ジョージは「何事も突き詰めない。適当なんだ」という軽さが身上。タモリ、さんま、鶴瓶も俎上(そじょう)で料理されています。

◆『日高敏隆 ネコの時間』(平凡社/税別1400円)

 科学分野のハンディーな随筆シリーズ「スタンダード・ブックス」の新刊が『日高敏隆 ネコの時間』。著者は2009年に物故した動物行動学者で、動物や昆虫の生態の不思議を軽妙に紹介する書き手でもあった。絵に描いたネコを生きたネコは認識するか。目のないダニは、敏感な光と温度感覚で獲物に取り付く。ホタルは死んでも、ほのかに光る。ギフチョウとカタクリが、1年に1回、同じ時期、同じ場所で「ぴったり合う」理由等々、人間以外の生物たちの精妙な命が息づいている。

◆『樹海警察』大倉崇裕・著(ハルキ文庫/税別680円)

 警視庁への道が約束された警部補・柿崎の赴任先は山梨県警上吉田署。出迎えに来た車で運ばれたのは、青木ヶ原樹海であった。「警視庁いきもの係」シリーズの大倉崇裕による、書き下ろしの新作が『樹海警察』。ロープを頼りに、柿崎がさまよい込んだ樹海の現場で遭遇したのは、首つり死体であった。栗柄、桃園両巡査や、事務方の明日野と共に、樹海での遺体専門という特殊な任務が始まった。次々と現れる腐乱死体から匂うのは、もう一つの事件の匂い? テレビドラマ化必至か。

◆『穢れた風』ネレ・ノイハウス/著(創元推理文庫/税別1400円)

 北欧ミステリー隆盛の中、ドイツ発というのが珍しい。ネレ・ノイハウス『穢(けが)れた風』(酒寄進一訳)は、「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの5作目。妻に去られ、太り気味を気にするオリヴァーと女性刑事ピアが、風力発電開発と、これに反対する市民団体との確執、殺人がからむ事件に挑む。風力発電施設建設会社の夜警の死体が発見された。事故か殺人か。社長室に残されたハムスターの死骸は何を意味するのか。開発をめぐる汚職、陰謀が渦巻く長編は600ページ近い警察小説。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年11月26日号より>

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