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/16 宮津城 宮津市 修復経費削減で苦労 /京都

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宮津小正門として移築された宮津城太鼓門=京都府宮津市で、礒野健一撮影
宮津小正門として移築された宮津城太鼓門=京都府宮津市で、礒野健一撮影

 宮津城は1580年、織田信長の下で丹後攻略を進めていた細川藤孝が築城した城だ。関ケ原の戦い(1600年)の前哨戦で、藤孝は田辺城(舞鶴市)に籠城(ろうじょう)する際に自ら火を放って焼いた。その後に宮津藩主となった京極高広が再建し、25年に完成した。城の北面は宮津湾と面し、船着き場も設けられた。天守閣は江戸時代を通して作られず、幕末には城の北西に台場を築き大砲4門を配した。

 明治維新後、城の建物はほとんどが取り壊された。1924年に国鉄宮津駅(現京都丹後鉄道宮津駅)が開業すると、残っていた堀なども埋め立てられて市街地化し、今に残る遺構は宮津小学校正門として移築された太鼓門や、後野愛宕神社(与謝野町)拝殿に移築された本丸御殿玄関など数少ない。宮津小の前を流れる大手川に石垣と塀が復元されており、往時をしのぶことができる。

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