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「万葉古道」を尋ねて

万葉の時代の暮らしを支えた「古道」。わずかな手掛かりを頼りにいにしえの道を尋ねます。

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「万葉古道」を尋ねて

交流・別れ・流浪/10 防人が来た道/10 家族との絆、歌に込めて /奈良

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横大路の南側側溝の位置を示す奈良法務局橿原出張所のプレート。前の道路は西に向って延びる=奈良県橿原市で、栗栖健撮影
横大路の南側側溝の位置を示す奈良法務局橿原出張所のプレート。前の道路は西に向って延びる=奈良県橿原市で、栗栖健撮影

 藤原京の完成時(694年)、東西道の横大路と南北道の中ツ道、下ツ道は既に開通していた。横大路は、日本書紀の613(推古21)年の記述に出ており中、下ツ道は壬申の乱(672年)の戦場になった。藤原京はこれらの道路を基準線にして造営された。

 南北道の方角は、磁石ではなく、北極星で定められている。北極星は地球の回転軸の延長から少し離れている。

 大路沿いの橿原市八木町1にある奈良地方法務局橿原出張所の地下2・5メートルで1992年、県立橿原考古学研究所(橿考研)の発掘調査によって大路の南側溝跡が見つかった。幅2・6メートル。中から7世紀末の土器も出土した。

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