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著者インタビュー 山上たつひこ 『大阪弁の犬』

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貸本漫画の終焉に立ち会った漫画家による時代のスケッチ

◆『大阪弁の犬』山上たつひこ・著(フリースタイル/税別1600円)

 『大阪弁の犬』は、少年警察官のこまわり君が発する「死刑!」のフレーズが一世を風靡(ふうび)した漫画『がきデカ』の作者・山上たつひこさんの自伝的エッセーだ。1990年代の『山上たつひこ選集』や現在居住している金沢の雑誌など、さまざまな媒体に載った文章が収められている。

「無責任な話ですが、ぼくは自分に興味を持てない人間なので、自分のことを書いた文章にも関心がありませんでした。でも、さすがにここにきて長い間放置してきた、取り散らかったものを整理しておかねばという気になりました。自分のためにではなく、ぼくの漫画を支持してくれた読者のためにね。ぼくにしては珍しく『他人のために誠実でいよう』と思ったのです」

 高校卒業後、漫画家を目指して大阪の日の丸文庫に入社。貸本漫画の雑誌『影』を発行し、劇画の時代をつくった出版社だ。

「漫画家になりたいというよりは、のらりくらりと生きたかったんでしょうね。中学生のときにつくった同人誌に、漫画家になった自分への架空のインタビューを載せています。創作の苦悩とか原稿料のこととかをそれらしく喋(しゃべ)っています(笑)。漫画を描くことも好きだったけど、そういうことを妄想するのは格別の楽しみでした」

 当時の日の丸文庫にはかつての勢いはなかったが、そこで多くの漫画家と出会う。本書には、今では忘れられた漫画家とのエピソードが記されている。

「書いていると彼らの顔と声が蘇(よみがえ)ってきます。懐かしさと申し訳なさと、いろんな思いがこみ上げてきて冷静ではいられませんでした。沼田清さんやK・元美津さんは、才能に見合う評価を受けてこなかった漫画家です。いつか彼らが再評価されることを願ってやみません」

 上京後に描いたギャグ漫画『喜劇新思想大系』がヒットする。編集者やアシスタントとともに、つねに寝不足で狂乱の日々を送った。『がきデカ』がヒットした後も、ひとつのところにとどまらずに変化を続ける。

「自分を手放したり、取り戻したりすることはデビュー当時から変わっていない気がします。不安定といえば不安定だけど、一方でゆるぎないものも自分の中にあるわけです。昔は作品の方向性や手法に迷いが生じたときは、自分の気まぐれな性質にうんざりしたものですが、今はそれでいいんだと思えるようになりました」

 山上さんは漫画家をやめて小説を書き始めるが、2004年に『がきデカ』の続編『中春こまわり君』で漫画の世界に戻ってくる。

「あれは編集者の情熱に負けて描いたんです。自分が本当に描きたいと思ってペンを取ったのではない作品は、どこかうつろな空気がある。複雑な思いが残っています。ともあれ、この本をまとめて、長い間もやもやとしたものがすっきりしました。ちょっとだけ自分を好きになれましたね。愛するまではいきませんけど(笑)。これは、貸本漫画の終焉(しゅうえん)に立ち会った漫画家の目を通した時代のスケッチとも言えます。手に取ってくれた方に楽しんでいただけたらうれしいです」(構成・南陀楼綾繁)

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山上たつひこ(やまがみ・たつひこ)

 1947年、徳島県生まれ。漫画家・小説家。漫画に『がきデカ』『光る風』『喜劇新思想大系』、小説に『追憶の夜』『枕の千両』など。原作を担当した『羊の木』(いがらしみきお画)で、2014年文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞

<サンデー毎日 2017年12月3日号より>

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