SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『光の犬』『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』ほか

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今週の新刊

◆『光の犬』松家仁之・著(新潮社/税別2000円)

 松家仁之(まついえまさし)『光の犬』を静かな興奮のうち読み終えた。添島家3代の歴史がランダムに語られていく。舞台は北海道「枝留(えだる)」。架空の地名だが、松家の読者なら『沈むフランシス』でおなじみだ。

 物語は戦後生まれの姉弟、歩と始を中心に動く。歩は助産婦一筋の祖母に取り上げられた。父は隣家に住む3姉妹の保護者的立場にあり、やがて等分に老いが忍び寄る。ピアノの名手で牧師の息子一惟と歩の淡い恋、父と対立する始など匂うような青春もある。

 誰が主役、脇役という割り振りをしないで、それぞれの人生のささいなことを大事に描くのが著者のやり方だ。それを見守るのが、添島一家に歴代飼われた北海道犬たち。たとえば、散歩に連れられる時、ジロは「歩がいつもとちがうことをわかっている」。

 親族とは、家族とは、親子とは……を、問うでも諫(いさ)めるでもなく描き込む、繊細な筆が素晴らしい。人が生き、犬が見つめ、光だけが素早く追い越していく。

◆『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』大友良英・著(筑摩書房/税別1600円)

 大友良英は、2013年の朝ドラ「あまちゃん」の音楽で一躍知られるようになった。ただし枠にはまらず、多種多様なジャンルで異能を発揮している。『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』は、彼の音楽的青春記。

 1959年横浜生まれ。坂本九、シャボン玉ホリデー、スカートめくりに明け暮れ、小学校半ばで福島へ転校。坊主頭の洗礼を受ける。万博、あさま山荘、札幌五輪と世の中も動くが、大友少年の音楽体験も激しく動く。なにしろキング・クリムゾンと現代音楽と山口百恵が共存するのだ。

 高校時代にジャズ喫茶に入り浸り、フリージャズに開眼する。この雑多な享受が、のちの大友良英を作り上げたことが、本書でよくわかる。ビートルズを演奏して、「太陽にほえろ」かと、先生に言われてしまうことこそ大友だ。

 また、文中に頻出する固有名詞を、編集者の須川善行が詳細に解説。この随所に挟まる「コラム」が労作であり、かつ有益だ。

◆『パリのすてきなおじさん』案内人・広岡裕児 文と絵・金井真紀(柏書房/税別1600円)

 『パリのすてきなおじさん』はタイトルそのまま。パリでおじさんをつかまえ、インタビューする。フランス語に堪能な広岡裕児を案内人として、金井真紀が文と絵を描いた。犬を抱く南仏生まれの画家はもとピアニスト。食べるためにピアノを教え、妹の死の悲しみを癒やすために絵を描いた。3000種のワインを扱う店の主(あるじ)は、旅行会社から転職。落ち込んだ時は旅をせよ、小さい子どもの相手をするのもいい、と言う。若者からは聞けないほろ苦さ。みな人生を愛し、楽しんでいる。

◆『アラ還とは面白きことと見つけたり』武田鉄矢・著(小学館文庫/税別570円)

 武田鉄矢が「黄門さま」、と聞いた時は悪い冗談かと思ったが、今年68歳。年に不足はない。そんな新人老人が、60代になって考えたこと、学んだことを『アラ還とは面白きことと見つけたり』で開陳する。人生初の入院が、大動脈の手術。「死」について学び始めた。同時に妻・節子には「かなわんたい」と思った。著者は大変な勉強家でもあり、ユングや内田樹(たつる)の哲学書も読み漁(あさ)る。「金八」先生の「人という字は」の元ネタが白川静とは驚いた。武田鉄矢再発見の書である。

◆『横丁の引力』三浦展・著(イースト新書/税別861円)

 2020年東京五輪開催に向けての開発ラッシュで、都市はまた大きく変貌する。三浦展(あつし)『横丁の引力』は、開発から取り残された路地に着目。横浜の野毛、立石、赤羽、蒲田など、かつて「労働者の街として栄えた時代の安くてうまい飲食店が若い世代を引きつけている」という。わざわざ人工的に「横丁」を作る動きまである。ネットが主流で、小売店が苦戦する中で、なぜ人は「横丁」を目指すのか。その背景を徹底分析することで、にぎわいの秘密と都市の明日が見えてくるはずだ。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年12月10日増大号より>

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