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アンコール

あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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9、10月の在京オーケストラの演奏会から

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 今秋に開催された在京オーケストラの公演の中から、多くの注目を集めたコンサートをピックアップして振り返る。

(C)堀田力丸
(C)堀田力丸

【大野和士指揮 東京都交響楽団9月定期演奏会 ハイドン:「天地創造」】 

 世界屈指の美しい声などと絶賛されるスウェーデン放送合唱団(指揮:ペーター・ダイクストラ)を迎えての「天地創造」。大野はピーター・ブラウン校訂のスコア、オックスフォード版(1995年出版)を採用するなど、作曲家在世当時のスタイルを再現する、いわゆるピリオド(時代)奏法の要素も一部に取り入れたスタイルでシンプルに音楽を組み立て、この合唱団の豊かな表現力を存分に引き出す工夫を凝らしていた。

 20世紀に現代オーケストラがこの作品を取り上げた場合、弦楽器の編成を大きくし管楽器も各パートをダブらせる倍管のスタイルで演奏されることも多かった。この日はオックスフォード版の指定通りの2管編成で、必要以上に響きに〝厚化粧〟を施すことなく、この作品に内在する独特の躍動感や生命力を浮き彫りにしようとするアプローチ。その一方でピリオドの要素を一部取り入れてはいるものの、弦楽器は要所でヴィブラートをかけさせるなど、表現の幅は広く確保しておこうとの大野の意図がうかがえた。

(C)堀田力丸
(C)堀田力丸

 冒頭の「天地混沌」はかなり遅いテンポでオペラのような雰囲気を醸成していたことに驚かされる。その流れの中で、ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)によるラファエルのレチタティーヴォをはじめ、ソリスト陣、合唱とオーケストラの間に少しだけそごを感じさせる場面が見られたが、曲が進むにつれてそれらは解消され、演奏の熱も徐々に高まっていった。

 特筆すべきはやはり合唱団。32人という小編成ながら音量は驚くほどの大きさがあり、弱音の美しさとも相まって、この作品の面白さを高いレベルで表現していた。終曲で大野は、冒頭とは打って変わって快速テンポで全体を牽引(けんいん)し、駆け抜けるようなクライマックスを築いて締めくくった。

写真提供:NHK交響楽団
写真提供:NHK交響楽団

【パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団9月定期公演Aプログラム ショスタコーヴィチ:交響曲第7番】

 最近のN響の充実ぶりを改めて実感させてくれる演奏会であった。舞台上には金管楽器のバンダ(正規のパートとは分かれて、演奏する奏者)も含めて110人以上のプレーヤーが並び、フォルティシモの箇所では大音量が広いNHKホールをいっぱいに満たす一方で、驚くべきは響きが混濁することが一切なかったことである。ヤルヴィのコントロールが隅々まで行き届き、彼の綿密な組み立てが精密に計算されたサウンドとして全曲を支配していた。

 第二次世界大戦時、ドイツ軍に包囲され約900日もの長期間、過酷な状況下におかれたレニングラード市民を励ますために作られた、いわゆる「戦争交響曲」の中核的作品。包囲戦の最中に作曲、初演された交響曲であるが最後は勝利の賛歌で締めくくられており、ソビエト社会主義体制下では、こうした側面がプロパガンダとして盛んに喧伝(けんでん)された。

写真提供:NHK交響楽団
写真提供:NHK交響楽団

 その一方で、ショスタコーヴィチ自身は、交響曲第7番の中で抵抗の意思を表明したとされる〝ファシズム〟の定義について「ファシズムとは単にナチズム(国家社会主義)を指しているのではない。この音楽が語っているのは恐怖、屈従、精神的束縛である」と語ったとされる。それはナチス・ドイツの侵略行為に対してだけではなく、スターリンらによるソビエト社会主義政権下の圧政、思想信条の自由への侵害等についても強く抗議の意思を示したものといわれている。

 パーヴォの父ネーメは生前のショスタコーヴィチと親交があり、パーヴォもこの偉大な作曲家と実際に会ったことがあるという。当然、この作品の思想的な背景は十分理解しているはずだが、今回の演奏ではそうした歴史的、政治的な側面に重きを置いた解釈をせずに、作品自体の巧みな構造やその面白さを存分に引き出す音楽に仕上げていたことが興味深い。その結果、この交響曲に内在していたこれまで気付かなかった要素に光が当てられ、作品の持つ可能性がさらに拡大したように感じられた。つまり、戦争や圧政の悲惨さを表現しようと、濁った大音量を響かせる従来ありがちなスタイルから脱却し、響きのバランスを精密に保つことで、これまで埋もれがちだったオーケストラ作品としての巧みな成り立ちを明快に示す結果につながったのである。N響の高い合奏能力がこうしたことを可能にしたであろうことも強調しておきたい。

 

10月15日東京オペラシティシリーズ公演=撮影:中村風詩人
10月15日東京オペラシティシリーズ公演=撮影:中村風詩人

【ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第100回】

 最近、オーケストラ・コンサートのプログラムにハイドンの作品が取り上げられる機会が随分と減ってしまったように感じているのは筆者だけであろうか。ある在京オーケストラの事務局幹部に聞いてみたところ「20年前、30年前に比べるとハイドン作品がプログラムに組み込まれることが少なくなったのは、在京オーケストラ全般に共通する現象です。モーツァルトの交響曲の演奏回数も減っています。その理由の第一は作品がシンプルなため、集客に結びつかないこと。理由の第ニとしては、日本のオーケストラの技術がこの20年くらいの間に急速に向上し、それまでめったに手を出すことができなかった近・現代の技術的に難しい作品を日常的に演奏する機会が増えたことで、その分、古典派前期の交響曲を取り上げることが少なくなってしまった」と説明してくれた。

 さらに筆者はこうとも考える。作曲家在世当時の楽器や奏法を再現するピリオド(時代)のスタイルがこの20~30年の間に普及し、世界各国で古楽オーケストラや合奏団が活躍の幅を広げるなどしたため、モダン・オーケストラが古典派前期の交響曲を取り上げる必要性やニーズが以前より低下したことも、要因のひとつになっているのではないだろうか。

 いささか前置きが長くなってしまったが、ノットと東京交響楽団によるハイドン、モーツァルト・プログラムは、現代オーケストラがこれらの作品に取り組む意義が、依然として十分あることを鮮やかに提示する公演となった。

 ハイドンの交響曲第86番では小編成、弦楽器のヴィブラートを最小限に、そしてティンパニは直径の小さな小型の楽器(バロック・ティンパニではない)を使用。速めのテンポ設定で、因習的なアーティキュレーション(音と音のつなげ方)を見直し、パート間の掛け合いや、協調を鮮やかに浮き彫りにしていった。アンサンブルの妙味が前面に押し出された結果、曲に内在していた生命力も引き出され、聴く者を作品の世界にどんどん引き込んでいく。小編成とはいえ古楽アンサンブルに比べると響きは豊かで、ダイナミック・レンジも広く、聴き応えがある。今、日本のオーケストラの中でこうしたスタイルでハイドンを演奏したら、ノットと東響の右に出る団体はないだろう、と思わせてくれるくらいの鮮やかな演奏であった。

10月15日東京オペラシティシリーズ公演=撮影:中村風詩人
10月15日東京オペラシティシリーズ公演=撮影:中村風詩人

 ルツェルン祝祭管弦楽団の首席チェリストとしても活躍するイェンス・ペーター・マインツをソリストに迎えてのハイドンのチェロ協奏曲第1番も、交響曲と同じくソロとオーケストラの有機的な対話を重視したスタイル。マインツはオーケストラ・プレーヤーだけにソロ・パートが休符の間、オーケストラのチェロ・パートを弾き、アンサンブルを一緒に組み立てていこうとの姿勢を見せていたことも面白かった。

 モーツァルトの交響曲第39番は、基本的にはハイドンと同様のスタイルを取りながらも、旋律の扱い方や響きの構築の仕方に幾分、変化を持たせていた。両者の性格の違いをより分かりやすく表現しようとのノットの意図なのであろう。ハイドンに比べると少し丸みを帯びた響きの構築が行われて、より柔らかい印象をもたらしていた。

 このコンビによる古典派交響曲のツィクルスやシリーズをぜひとも聴いてみたいものである。

 

写真提供:NHK交響楽団
写真提供:NHK交響楽団

【クリストフ・エッシェンバッハ指揮 NHK交響楽団 10月定期公演B・Cプログラム】

 ピアニストとして、そして指揮者としても活躍するクリストフ・エッシェンバッハ。NHK交響楽団のステージへはピアニストとして、1979年の定期公演(ギュンター・ヴァント指揮)に出演。指揮者としては今回が定期初登場となった。当初、Bプログラムはモーツァルトのピアノ協奏曲第12番とブラームスの交響曲第1番と発表されていた。ところが、エッシェンバッハの指の不調から、コンチェルトはブラームスの交響曲第4番に変更となり、Cプロで予定されていた交響曲第2、3番と合わせて、ブラームス交響曲ツィクルスが急きょ実現することになった。エッシェンバッハの弾き振りを聴けなかったのは残念だったが、交響曲ツィクルスもまた、興味深いプログラムであろう。

 エッシェンバッハは全4曲を通して、やや遅めのテンポでひとつひとつの旋律をタップリと歌わせていくスタイル。旋律の流れを重視し、フレーズのつなぎ方にも細心の注意を払っていた。N響も指揮者のこうしたオーダーに応えて、弦楽器セクションの厚みと温かさを感じさせるサウンドの上に、雄弁な管楽器のソロが乗る形でロマンの香りあふれるブラームス像を描き出していた。

吉井瑞穂がオーボエのゲスト首席を務めたCプロ=写真提供:NHK交響楽団
吉井瑞穂がオーボエのゲスト首席を務めたCプロ=写真提供:NHK交響楽団

 Cプロでは、マーラー・チェンバー・オーケストラの首席オーボエ奏者で、ルツェルン祝祭管弦楽団でも活躍する吉井瑞穂がゲスト首席を務めていたのも目を引いた。ヨーロッパの一流オーケストラで活躍する彼女の演奏は、オーケストラの中にあっても、より積極的に自らの表現を打ち出してアピールしようとの姿勢を強く感じさせるものであった。それが、全体のハーモニーを崩したりすることなく、木管セクション全体をまるで室内楽のような生き生きとした連携を生み出すアンサンブルへとリードしていく効果を生み出していた。

 こうした現象はBプロに出演したゲスト・コンサートマスターのライナー・キュッヒル(ウィーン・フィル前第1コンサートマスター)も同様であった。まずは全体の調和を重視する日本のオーケストラの在り方に対して、ヨーロッパ、特にドイツ・オーストリア系の楽団では、室内楽のように個性をぶつけ合いながらアンサンブルを組み立てていくことが分かる。第2楽章のコンサートマスターのソロにおける豊かな響きも圧巻の出来であった。こうしたゲスト奏者の参入は、正規メンバーの刺激にもなるだろうし、このところ好調を続けるN響のさらなる充実に大いに役立つことであろう。

ゲスト・コンサートマスターにライナー・キュッヒルを迎えたBプロ=写真提供:NHK交響楽団
ゲスト・コンサートマスターにライナー・キュッヒルを迎えたBプロ=写真提供:NHK交響楽団

公演データ

【東京都交響楽団9月定期演奏会B・Cシリーズ】

9月10日(日)14:00 東京芸術劇場コンサートホール/11日(月)19:00 サントリーホール

指揮:大野和士

ソプラノ:林正子

テノール:吉田浩之

バリトン:ディートリヒ・ヘンシェル

合唱:スウェーデン放送合唱団

合唱指揮:ペーター・ダイクストラ

管弦楽:東京都交響楽団

 

ハイドン:オラトリオ「天地創造」

 

【NHK交響楽団9月定期公演Aプログラム】

9月16日(土)18:00/17日(日)15:00 NHKホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

管弦楽:NHK交響楽団

 

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ハ長調 Op.60 「レニングラード」

 

【東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第100回】

10月15日(日)14:00 東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:ジョナサン・ノット

チェロ:イェンス・ペーター・マインツ 

管弦楽:東京交響楽団

 

ハイドン:交響曲第86番ニ長調 Hob.I-86

ハイドン:チェロ協奏曲第1番 Hob.VIIb-1

モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543

 

【NHK交響楽団 10月定期公演B・Cプログラム】

10月20日(金)19:00/21日(土)15:00 NHKホール ※Cプログラム

10月25日(水)19:00/26日(木)19:00 サントリーホール ※Bプログラム

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ

管弦楽:NHK交響楽団

※Cプログラム

ブラームス:交響曲第3番へ長調 Op.90

ブラームス:交響曲第2番ニ長調 Op.73

※Bプログラム

ブラームス:交響曲第4番ホ短調 Op.98

ブラームス:交響曲第1番ハ短調 Op.68

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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