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海老一染之助さん死去

「ミスター正月」兄弟で傘回し芸(スポニチ)

 傘の上でまりや升を回す芸で知られる伝統芸能「太神楽(だいかぐら)」の曲芸師、海老一染之助(えびいち・そめのすけ、本名村井正親=むらい・まさちか)さんが6日午前11時31分、肺炎のため都内の病院で死去した。83歳。東京都出身。兄で相方の染太郎さん(享年70)を2002年に亡くし、数年は1人で活動したが、最近は体調不良で入退院を繰り返していた。

     正月の顔として愛された名芸人が年の瀬にこの世を去った。

     三男でテレビ東京報道局次長の村井正信さん(50)によると、染之助さんは病気を患っていなかったが、ここ2、3年は体調が優れず、入退院を繰り返していた。6日朝、入院先の東京都杉並区の病院で容体が急変。家族が急行したが間に合わず、最期をみとることはできなかったという。葬儀・告別式や喪主は未定。

     兄弟コンビ「染之助・染太郎」として人気を博した。兄の染太郎さんが「おめでとうございまーす」「いつもより余計に回しております」とはやす声に合わせて、染之助さんが軽快に傘を回す芸は、正月の風物詩のように親しまれた。

     染之助さんは、02年2月に染太郎さんを亡くして以降、しばらく1人で活動。70代後半になって仕事をリタイアし、妻と都内の自宅で暮らしていた。正信さんは「以前から体を使う仕事をしていましたので、年を取ってからは店じまいをして静かに暮らしていました」と明かした。

     1945年、二代目海老一海老蔵に入門して、染太郎さんとコンビを結成。東京・新宿の末広亭などの寄席や正月のテレビの演芸番組に出演し、お茶の間の人気者となった。

     染之助さんが曲芸の8割ほどを担い、染太郎さんは“口芸”専門だった。染之助さんが親指と人さし指で丸をつくって「弟は肉体労働、兄は頭脳労働。これで(ギャラは)同じ」と言い放つギャグでも観客を笑わせた。

     けんかが多い兄弟だったが、染太郎さんの通夜で染之助さんは「僕が世間に知られるようになったのは兄のおかげ」と遺影に頭を下げた。初舞台から苦楽をともにしてきただけに、兄あっての芸ということもよく分かっていた。

     ◆海老一 染之助(えびいち・そめのすけ)本名村井正親(むらい・まさちか)1934年(昭9)10月1日、東京都生まれ。46年、新宿末広亭で初舞台。60年に旧ソ連文化省の招きでソビエト公演。65年には米ABCテレビに出演、85年にはパプアニューギニアで現地住民に芸を披露するなど海外公演も多数。めでたい芸風から「ミスター正月」とも呼ばれた。(スポニチ)

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