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炎のなかへ

石田衣良さんの連載小説「炎のなかへ」は、太平洋戦争末期の1945年3月10日、東京大空襲のさなか、家族を救おうと奮闘する少年の物語です。石田さんが初めて戦争に取り組むファンタジー小説。挿絵は「ドラゴンヘッド」などで知られる漫画家、望月ミネタロウさんです。

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炎のなかへ

/33 アンディ・タケシの東京大空襲 石田衣良 望月ミネタロウ・画

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三月七日(29)

 帝国ホテルは外観だけでなく、建物内部の隅々まで先生の手が入っていた。ロビー、ラウンジ、談話室、メインダイニングまで、先生が設計したのである。タケシは一度だけ母に連れられて、ホテルに足を踏みいれたことがあった。アメリカからきた友人に会うという母につきあったのである。

 中の造りも大谷石と煉瓦(れんが)が主な素材で、豪華絢爛(けんらん)という訳ではなかった。金メッキやシャンデリアは見あたらない。しかし複雑な幾何学模様の大谷石の彫刻が見事で、柱や手すりを見ているだけで飽きることがなかった。カフェの隅に置いてある木箱を重ねたようなスタンドや背もたれが六角形の特徴的な椅子も先生のデザインだという。

 タケシは人の流れを避けて帝国ホテル正面の歩道に腰をおろし、肩掛けカバンからスケッチ帳をとりだすと、手早くホテルの正面全景を描き始めた。手慣らしはいつもこの一枚から始めるのだ。その日の調子は最初の一枚でわかった。今日は池に立つ立像と入り口正面にある球形の壺(つぼ)を描くつもりだ。夕食までには帰らないといけないので、時間はあまりなかった。

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