連載

歴史散歩・時の手枕

毎日新聞デジタルの「歴史散歩・時の手枕」ページです。最新のニュース、記事をまとめています。

連載一覧

歴史散歩・時の手枕

泉岳寺(東京都港区) 主君と眠る「四十八士」

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
赤穂浪士四十七士がまつられている泉岳寺=東京都港区で、玉木達也撮影
赤穂浪士四十七士がまつられている泉岳寺=東京都港区で、玉木達也撮影

 「東京都港区高輪」という地名を聞くと、超高級ホテルを思い出す人が多いかもしれない。その一方、「忠臣蔵」で知られる大石内蔵助ら赤穂浪士四十七士をまつる墓所が存在する。今も多くの人が供養に訪れる泉岳寺。大都会の一角で史実を静かに伝えていた。

 「赤穂事件」を簡単に振り返ると、播州赤穂藩の藩主、浅野内匠頭(たくみのかみ)が旧暦の元禄14(1701)年3月14日、江戸城・松の廊下で吉良(きら)上野介(こうずけのすけ)に刃傷に及び即日切腹。吉良には処罰がなかったことなどから、赤穂浪士が翌年の12月14日、吉良邸に討ち入り、吉良の首を取ったとされる。

 「首を取る」という表現は今では組織のトップに責任を認めさせ、辞任に追い込んだ時などに使っているが、戦国時代は文字通り、敵の大将の首を切り取っていた。泉岳寺の「赤穂義士記念館」には、同寺の僧侶が吉良の首を吉良の関係者に返したことを示す書状「首請取状」が展示されており、実際に吉良は首を取られたことをうかがわせている。

この記事は有料記事です。

残り1023文字(全文1453文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集