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「万葉古道」を尋ねて

万葉の時代の暮らしを支えた「古道」。わずかな手掛かりを頼りにいにしえの道を尋ねます。

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交流・別れ・流浪/12 防人が来た道/12 竹内街道と木綿栽培史 /奈良

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竹内街道を東向きに臨む。道の奥に見えるの長尾神社の森=奈良県葛城市で、栗栖健撮影
竹内街道を東向きに臨む。道の奥に見えるの長尾神社の森=奈良県葛城市で、栗栖健撮影

 冬、東国からやって来た防人(さきもり)たちは、一重の麻の服を何枚も重ねて寒さに耐えていたようだ。

 当時、栽培された服の材料は麻と絹。3世紀の日本の様子を伝える中国の「魏志倭人伝」は、「紵麻(ちょま)」を植え、養蚕をして麻布と絹布を織っていたと伝える。繭を裂いて広げると「真綿」。コットン(木綿)の「綿」と紛らわしいが、別物だ。麻はクワ科、紵麻(からむし)はイラクサ科の草で共に茎の皮から繊維を採る。

 古代人は、クズなど自生する草木も利用した。万葉歌にある「木綿(ゆう)」は今も和紙の材料にされている楮(コウゾ)、麻の繊維とみられる。

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