メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

街角のマナび場

/14 三条河原(東三条)/上 技で差別をはね返す /京都

 街角のマナび場では今春の連載開始当初、四条河原の歴史を紹介したが、その地で暮らしを営み、独自の技術や文化を培っていったのは、中世では「余部(あまべ)(天部)」と呼ばれた集落に住む人たちだった。安土桃山時代の1591(天正19)年、京の都市開発を進めた豊臣秀吉は、都をぐるりと土塁で囲む御土居を構築するが、この時期、あまべは、現在の三条大橋東側(東三条)に移された。今回は、その後を追ってみた。

 中世では、あまべは現在の四条寺町を少し南に行ったところにあった。そこに住む人々は弔いに関係する仕事…

この記事は有料記事です。

残り1644文字(全文1891文字)

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. ORICON NEWS ゴールデンボンバー、12・28新アルバム『もう紅白に出してくれない』発売 紅白出場者発表日に発表

  2. やまぬ安倍首相のヤジ 今年だけで不規則発言20回超「民主主義の危機」

  3. 首相ヤジに「#共産党は私だ」「#共産党は仲間だ」投稿広がる

  4. 3分でわかる政治の基礎知識 「27億円」秋篠宮さまが公費支出に疑問 大嘗祭の秘儀と費用

  5. 「桜を見る会」参加者が語る 「ファンの集い」と「往復する首相」

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです