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上海列車事故 29年後の真実

第3章<15> 一周忌前のギリギリの妥結

遺族らが見守る中で合意書に調印する日本側の岡村勲団長(左)と中国側の孔令然団長。テーブル向こう側には立会人の中内力・高知県知事や中国の唐家璇・駐日本公使らの姿も=高知市の高知新阪急ホテルで1989年3月11日午前10時25分

 上海列車事故の補償をめぐる団長間交渉は1989年2月22日が最後となった。

 午前9時、東京都文京区の日中友好会館。岡村勲と通訳、孔令然と通訳の計4人が座った。交渉は冒頭の5分間だけ、報道陣に公開された。その後は非公開。事後の記者会見もなかった。世間の関心は、その2日後に控えていた昭和天皇の葬儀「大喪の礼」に向けられていた。

 岡村「やがて一周忌が来る。その前に解決できなければ、無期限の交渉になってしまう恐れがある」

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