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上海列車事故 29年後の真実

第4章<4> 学校の経営の根幹が揺らぐ問題

寝台車に安置された犠牲者のひつぎに献花する佐野正太郎校長=高知空港で1988年3月27日午後3時40分

 上海列車事故の遺族が不信感を募らせていた相手、それは校長の佐野正太郎だった。日本交通公社から「佐野の夫人同伴による視察旅行」の事実を聞かされる以前から、遺族は佐野の行動に強い違和感を抱いていた。

 次の話は、私が1993~96年、各遺族を取材して歩いた際に聞かされた、事故直後の佐野に対する不満だ。

 ▽各遺族が個別に葬儀を営んだ際、佐野は見舞金を持って現れたが、仏前に手を合わせることなく姿を消した。

 ▽ある遺族は火葬場で見舞金を渡された。

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