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火論

社会部、ワシントン・エルサレム特派員などを歴任した大治朋子専門記者によるコラム。

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自省の鏡=玉木研二

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 1970年代、新幹線が博多まで延びたころ、本紙西部本社報道部ではその事故を想定した取材マニュアルがあった。

 携帯電話やパソコンとは無縁、「ネット」といえば、バレーボールや野球を連想するしかないような往時である。マニュアルの手書き沿線地図には、卓上電話を備え、万一の時「取材前線基地」として使わせてもらえそうな家や施設が示されていた。

 当時は原稿も写真も電話がなければ速報が難しかった。大きな事件が発生すると「現場の近くに電話の確保を」と教えられたものだ。

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