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岡崎 武志・評『太閤私記』『枕詞はサッちゃん』ほか

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今週の新刊

◆『太閤私記』花村萬月・著(講談社/税別1700円)

 猿の顔した小兵が、機敏と知恵と才覚で太閤(たいこう)にのし上がる。豊臣秀吉の出世譚(たん)は、誰でも知っているし、日本人が大好きな話だ。しかし、誰も秀吉の内面なんて考えない。そんなものあるのか?

 花村萬月『太閤私記』が、ごまんとある秀吉出世譚と一線を画すのは、その内面に踏み込んでみせたことだ。いつか天下をと野心を抱きつつ「物心ついてから俺はいつだって自分が何者なのか理解できずに途方に暮れたあげく、俺は誰だ、俺は何だ」と問う男なのである。シェイクスピアみたい。

 鳴かぬホトトギスを「殺してしまえ」と冷酷無慈悲な天下人・信長に、いかに気に入られ、取り立てられたかも、著者は克明に追う。懐に入ったのは草履だけではない。「主君の力量を見極め、弱点を探り、全力で取り入る」(帯文)天才であった。

 本作は例の墨俣(すのまた)城の逸話あたりで筆が措(お)かれ、信長はまだ生きている。同じ著者の『信長私記』(講談社文庫)を併読したい。

◆『枕詞はサッちゃん』内藤啓子・著(新潮社/税別1600円)

 作家の娘は、なぜか父の回想記を好んで書く。息子ではなく娘が圧倒的に多い。その系列に阪田寛夫の娘・内藤啓子による『枕詞はサッちゃん』が新たに加わった。

 2005年に死去した阪田寛夫は、1975年『土の器』で芥川賞を受賞した小説家だが、みな名を知らない。童謡「サッちゃん」を作詞した、と言えば「ああ、あの」と分かる。タイトルの「枕詞」はそういう意味だ。各章も「ああめん そうめん」「モモジロウ」「ぽんこつマーチ」ほか、阪田作の童謡・詩のタイトルにちなむ。

 意外だったのは、温厚・ユーモアの人と思われたが、晩年うつ病を患い、「おれはダメだ」を連発、泥酔し醜態をくり返したということ。夫婦喧嘩(げんか)も絶えなかった。著者は思春期に反発し、それを逃れた妹は宝塚に入団、トップスター大浦みずきになった。

 父を愛しながらダメぶりを呆(あき)れ笑いつつ客観視する。娘による回想記にありがちなベタベタした感じのない、ユニークな回想記だ。

◆『ロバート・キャパ写真集』ICP ロバート・キャパ・アーカイブ編(岩波文庫/税別1400円)

 ICP ロバート・キャパ・アーカイブ編『ロバート・キャパ写真集』は、岩波文庫90年の歴史初の写真集。ポケットに入るキャパだ。スペイン内戦を皮切りに、第二次大戦に肉薄した数々の写真は、彼の名を歴史に刻んだ。1954年に地雷を踏んで40歳で死去するまで撮り続けた約7万点のネガから、236点を精選。耳元を銃弾がかすめる戦場の、つねに至近からシャッターを切った。「きみの写真が十分に良くないとしたら、それはもっと近寄らないからだ」の言葉を遺(のこ)した。

◆『僕らが愛した手塚治虫3』二階堂黎人・著(小学館文庫/税別1000円)

 生誕90周年目前の昨年11月に二階堂黎人(れいと)『僕らが愛した手塚治虫3』が出た。元の単行本を口絵、図版を含め再構成し加筆改稿、ファンにはありがたい文庫化だ。「3」は、作品でいえば『ブッダ』を中心に、『ジャングル大帝』『ばるぼら』『ブラック・ジャック』などを取り上げる。「変わった本、珍しい作品」では、手塚がナレーションを担当したソノシートなど逸品珍品を紹介し、著者の並外れた手塚マニアぶりを存分に発揮する。豊富な図版からも、漫画の神様が遺した偉大な足跡が辿(たど)れる。

◆『京都ぎらい 官能篇』井上章一・著(朝日新書/税別780円)

 26万部突破のヒットとなった『京都ぎらい』。著者の井上章一が、今度は『京都ぎらい 官能篇』と題した続編を放つ。いわば前著の「エロ」版。千年の古都の歴史を、「おんな」の力で読み解く。白拍子(しらびょうし)など、権力者を骨抜きにした存在から、アンノン族が嵯峨に急増した現象など、「京」と「おんな」の関係をつぶさに検証する。『源氏物語』『平家物語』と同じ線上に、殿山泰司の歓楽街探訪記や、ノーパン喫茶(起源は京都)までを並べるあたり、さすが並の京都本ではない。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2018年1月28日号より>

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