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紙面審ダイジェスト

「反核の礎」 どこに書いてある

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 紙面審査委員会は、編集編成局から独立した組織で、ベテラン記者5人で構成しています。読者の視点に立ち、ニュースの価値判断の妥当性や記事の正確性、分かりやすさ、見出し、レイアウト、写真の適否、文章表現や用字用語の正確性などを審査します。審査対象は、基本的に東京で発行された最終版を基にしています。指摘する内容は毎週「紙面審査週報」にまとめて社員に公開し、毎週金曜日午後、紙面製作に関わる編集編成局の全部長が集まり約1時間、指摘の内容について議論します。ご紹介するのは、その議論の一部です。

 以下に出てくる「幹事」は、部長会でその週の指摘を担当する紙面審査委員会のメンバーです。「司会」は編集編成局次長です。

<12月28日>

■「反核の礎」 どこに書いてある

 幹事 本紙22日朝刊1面トップに<戦後秘した原爆研究に言及/湯川秀樹 反核の礎/京大 日記公開>という記事が掲載された。前文には「日本人初のノーベル賞を受賞した物理学者、湯川秀樹(1907~81年)が、終戦期の45年に書いた日記を21日、京都大基礎物理学研究所・湯川記念館史料室が公開した。湯川が生涯を通じて公的な発言を控えていた原爆研究『F研究』に言及。広島原爆投下や時局に関する記述もあり、専門家は『第一級の歴史的史料』としている」とある。記事を読み終わって「あれっ、何かヘンだな」と思った。見出しの<反核の礎>に該当する記述がまったくないのだ。

 批評子は記事を読む前、見出しを見て、「湯川氏は後の反核運動への出発点となる考えを戦時中から日記に記していたのだ」と予想した。だが、自身の原爆研究や広島原爆投下などの「事実」は記しているが「感想」は一切書いていないようだ。記事に「反核」の語はない。

 どう読めばこの見出しが付けられるのだろうか。「見出しに使う語は本文になければならない」などとは考えない。「大意はこういうこと」「言い換えるとこういうこと」という見出しは十分ありうるし、むしろその方が適切な場合も多いだろう。だが、まったく書いてないことを見出しにうたわれても、読者は困惑するばかりではなかろうか。仮に批評子が当初想定したように、後の反核運動への出発点となる考えが日記から読み取れるというのなら、記事にそう記すべきだ。

 第2社会面の関連記事<平和への思い 秘め/国の行く末 感情抑え記す>は前文で「終戦前後の日記は、淡々とした筆致の中に、戦後に平和運動へ情熱を傾けていった湯川の原点が垣間見える」とした。ひょっとして本紙1面見出しはこの関連記事の「大意」をくみ取って付けたのだろうか。そうであるなら、なおさらその趣旨を1面記事に記すべきではなかろうか。

 他紙のメイン見出しを列挙する。▽読売(第2社会面)=湯川博士「原爆研究」記す▽日経(同)=湯川秀樹、原爆研究記す▽産経(同)=湯川博士 原爆研究記す▽東京(1面)=湯川博士「原爆研究」記す。いずれも事実を淡々とうたっている。朝日(1面)は「湯川博士 反戦への足跡」で、本紙に少し似ている。ただし、前文に「原爆研究への関わりを示す記述があるほか、戦後、戦争反対や核廃絶を訴えるまでの軌跡がうかがえ」とあり、ここから見出しを取ったと容易に理解できる。

 本紙の第2社会面記事にもやや懸念を持った。見出しに<平和への思い 秘め>とあるが、戦時中の記述からもそれが読み取れるのだろうか。あらゆる知識人の発言について言えることだが、8・15以前か以後かは分けて考える必要があるのではないか。8・15以後に「反核」「平和」を語ることは容易だが、それ以前では命を懸ける行為であったろう。湯川氏が戦前から核開発への疑念を漏らしていた、あるいはひそかに記していたというのなら、それを具体的に書いてほしい。日記について保阪正康氏が語った別稿<戦争回避を反映>は湯川氏の思いを「そんたく」しすぎているのではないかと感じた。第2社会面本記には「湯川は9月以降、原爆研究の実態を把握する目的とみられる米軍将校の訪問を受けた」とある。戦争への加担の責任を問われる可能性もあったのではないか。読売23日朝刊1面コラム[編集手帳]は、原爆研究に携わったことについて「ささやかれてはいたものの、博士が生前一切公言することがなかった理由はなんだろう」「(ノーベル賞受賞後)もし過去を明かせば複雑な波紋を世に投げかけたことは想像に難くない」と記した。本紙記事で保阪氏は「この日記は昭和史を解き明かす最上級の史料となるだろう」と語っている。まずは事実関係を冷静に読み解くべきではないか。

 また、湯川氏の日記をなぜ今公開するのかという疑問を抱いた。1面本記には「湯川の没後、遺族が38~48年の『研究室日誌』『研究室日記』計15冊を史料室へ寄贈。史料室は分析を進め、45年に書かれたB5判のノート3冊の内容を今回発表した」と出てくる。寄贈時期は分からないが、分析に30年以上もかかるとは思えない。今回公開された理由を書いてほしかった。他紙を読んでも分からなかった。

 司会 まずは見出しの話なので情報編成総センター。

 情報編成総センター編集部長 当日の編集部長だった。自分に大きな責任がある。申し訳なかった。紙面編集の会議で、この話を1面も社会面もともにアタマで扱うという話になった。その判断自体は問題ないが、記事の意義付けをしっかりしていこうとの話になった。テレビ会議での話なので大阪もそれを意識してくれていたと思う。その中で、戦後になって平和・反核の方向に傾斜していったというのは押さえるべきだとの議論があった。見出しの<反核の礎>というのは、指摘にあるように原稿からとった言葉ではなく、意味を読み込んで付けた見出しだ。見出しを付けた側としては、記事に書き込んでもらえばよかったと思っている。単に見出しに取って、1面と第2社会面と全体で合わせて読んでもらえれば雰囲気が伝わるだろうというのは読者本位の発想ではなかった。上滑りしてしまった感じがある。大阪の見出しが<反核へ/湯川博士 思索の記>、他3本支社については<湯川秀樹 反核の礎>と東京と全く同じ見出しを付けている。東京で最初に紙面を作るので、ここでコントロールを誤ると全体に波及してしまう。反省している。

 司会 大阪地方部の京都支局の原稿で、原稿については地方部に聞いてもらっている。

 地方部長 大阪地方部を通じての回答だ。まず見出しの件だ。公開された日記のニュースどころは、湯川氏がこれまで公式の発言を控えていた原爆研究に自ら言及したことで、反核ではない。よって1面本記で「反核」に触れる必要はないと考えた。1面メイン見出しの反核について、出稿部としては「イメージ見出しとしても、ややファクトから離れすぎていないか」と指摘した。社会面の記事についての問い合わせについても回答をもらっている。日記の記述に、平和を希求するような直接的な表現はなかった。ただ、言論統制下、淡々とした筆致の中に、戦後の平和運動につながる湯川の原点をくみ取ることはできる。第2社会面本記はそういう観点で日記を紹介した。その裏打ちとして保阪氏の長めの談話を付けた。保阪氏は淡々とした筆致を知性の戦いと読み解いた。他紙にはない視座を提供できたのではないかと思う。なぜ今公開したかについては、史料室から明解な説明はなかった。遺族から寄贈された日記を折に触れ、少しずつ読み解いていくと思われる。

■首都撤回決議 賛成しなかった国の事情は

 幹事 国連総会は21日午前(日本時間22日未明)、緊急特別会合を開催し、エルサレムをイスラエルの首都とする米トランプ政権の認定を無効とし撤回を求める決議案を128カ国の賛成で採択した。本紙は22日夕刊1面2番手で報じた。「米国が経済援助削減をちらつかせて加盟国に決議案に賛成しないよう圧力をかけたため、棄権する国も35カ国に達した」「欧州各国や日本などが賛成し、反対は米国とイスラエルに加えて南太平洋の島しょ諸国など9カ国」とあり、「賛成」「反対」「棄権」の主な国の一覧表を載せた。

 他紙(朝日・読売・東京)によると、このほか「欠席(不参加)」も21カ国あったという。読売1面は「米国の孤立が際立った一方で、193加盟国中約3割の56カ国が賛否を明らかにしなかった」と記した。あまり聞き慣れない言葉だが、「欠席(不参加)」も広い意味で「棄権」の一形態と解釈したようだ。本紙も言及した方がいいのではと思った。また、それぞれの立場を説明する記事が読みたいと考えた。

 本紙23日朝刊は2面に続報を掲載。「欠席」を加えた4分類で採択の結果を伝えたが、記事は米国と「賛成」国とのあつれきを主に論じ、「棄権」「欠席」の国々への言及はなかった。朝日は1面で「棄権と欠席の計56カ国には、米国と経済的な結びつきの強い中南米の国々が14カ国、アフリカの国々が16カ国含まれている」とし、3面では欠席のウクライナ、棄権のルーマニアなどを取り上げた。ウクライナは安全保障理事会の非常任理事国で、安保理が18日に同様の決議案を採択した際には賛成したのに、3日で態度を変えた。記事は、ロシアと対立するウクライナにとっては米国の支援が不可欠と映る、と解説した。

 本紙24日朝刊国際面に<米、ウクライナに武器/対戦車ミサイル 露、強く反発>という記事が掲載された。ウクライナの国連での行動に対する米の露骨な「ごほうび」のような印象を受けたが、本紙にそうした記述はなかった。朝日国際面は「今回の武器供与が、ウクライナの(国連での)態度の変化と関係している可能性がある」とした。一つの推測ではあるが、説得力がある。本紙も触れておきたかった。

 なお、「欠席」(毎日・朝日・産経)と「不参加」(読売・東京)と各紙異なったが、どちらが適切なのだろう(日経は触れず)。読売22日夕刊1面は「採決は押しボタン式で、(中略)ウクライナやミャンマーなど21カ国はいずれのボタンも押さず、投票に参加しなかった」と記した。会合には参加したものの、ボタンは押さず、「棄権」の意思表示もしなかったように読める。とすると、「欠席」より「不参加」の方が実態に即しているように思える。何か別の解釈がありえるのだろうか。

 司会 外信部。

 外信部長 最後の「欠席」「不参加」のどっちがいいかについては、どっちでもいいと思う。「棄権」と「欠席」は全く違う話だ。国連の決議もので、賛成か反対か、実は棄権も意思表示だ。ウクライナは出ていたのかもしれないが、「欠席」は来ない。国連の代表部は小さいところだと一人ぐらいしかいない。用事があって出られないことはかなり多い。意思表示したくても出られない国は、他の国に頼むところもあるぐらいだ。「欠席」の多くは興味がなかったり、出る人がいなかったりもある。本当に意思表示したければ「出席」して「棄権」をする。「欠席」を「棄権」と同じように一くくりにするような表現があれば、それは間違いだと思う。「欠席」と「棄権」には大きな違いがある。「棄権」は意思表示だ。指摘されているように「賛成」の国の話に偏ってしまい、「棄権」した国、カナダの事情とか、東欧の国の欧州と米国にはさまれて難しかった事情をもう少し書いておいたらよかった。夕刊に「欠席」を書かずに、朝刊になぜ「欠席」を入れたのかというと、加盟国は193カ国なので、足してもその数にならないとの理由で書いた。

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