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Promises 2020への約束:文田健一郎×糸数陽一 筋力自慢のあくなき向上心

頑強な体を作るための方法について語り合う文田(左)と糸数

Promises 2020への約束

文田健一郎×糸数陽一 筋力自慢のあくなき向上心

 競技の枠を超えて2020年東京五輪・パラリンピックへの思いを語り合う「Promises 2020への約束」では昨年の世界選手権で長いブランクを埋めた筋力自慢の2人が顔を合わせた。レスリング男子で34年ぶりに金メダルを獲得した文田健一郎(22)=日体大=と、重量挙げ男子で銀メダルを獲得して36年ぶりの表彰台に上がった糸数陽一(26)=警視庁=。世界で活躍してともに感じたのは「東京での金メダル」への強い思い。あくなき向上心が2人の強さの源だ。

    (対談は1月10日に実施しました)【構成・松本晃、撮影・根岸基弘】

    ポイントは足の筋肉

    ――お互いに自己紹介をお願いします。

    糸数 沖縄県出身で、重量挙げを始めたのが中学2年生で、本格的に始めたのが高校1年生です。島育ちで同級生が10人いないくらい。島の人口も200人ちょっとしかいなくて、重量挙げという競技も中学校までは知らなかったです。島で紹介してもらって、高校から本格的に重量挙げを始めて、そこから少しずつ興味がわきました。大学3年の時、2012年のロンドン五輪に1キロ差で出れなくてすごく悔しい思いをしました。08年の北京から五輪に出てみたいなという感じだったんですけど、16年のリオデジャネイロ五輪は出られたんで、東京五輪ではメダルを目指してという気持ちで頑張っています。

    文田 レスリングは父が指導者だったので、その影響で幼いころからやっていて、中学入学と同時に本格的に始めました。日体大に入って、リオ五輪から本格的に五輪を目指していたんですけど出れずに、(同じ最軽量級)で銀メダルを獲得した太田忍選手の練習パートナーとしてリオには帯同させてもらって実際に試合を見ました。東京五輪では金メダルが目標です。

    ――お互いの印象は。

    糸数 身長何センチですか?

    文田 168センチくらいです。

    糸数 自分は(62キロ級で)160センチくらい。自分は普段、64、65キロなんですけど、身長168センチで(階級の)60キロまで落とすのがすごいなと。減量はどのくらいですか?

    文田 僕は一番重い時から10キロくらいですね。

    糸数 考えられない。世界でも同じ階級の中で身長は高いですか?

    文田 高い方ですね。

    糸数 重量挙げで自分の階級は、皆身長一緒くらいなんで、大きい人はいないんですよね。そんな大きい人が来たらびっくりしますよ。

    文田 小柄ですごい重い物を挙げるというのはすごいです。僕もウエートトレーニングは苦手なので、どこにそんな力があるんだろうというのは不思議だなって思います。

    ――レスリング、重量挙げ、ともに筋肉を使うイメージがある。自慢の筋肉と、それが競技にどう生かされているか教えてください。

    糸数 重量挙げは上体で挙げるというイメージかもしれないですけど、意外と足がすごく大事で、上はリラックスして足で引き上げるイメージなんです。スクワットは練習に多く取り入れていて、フルスクワットのベストは230キロです。足の太さは、あまり太くない。60センチないくらいだと思います。もっと太くしたいんですけど、太くしすぎたら体重が増えちゃうんですよね。

    ――文田選手の自慢の筋肉はどこですか。

    文田 糸数さんが話していたことと似ています。反り投げも上半身が重要と思われるかもしれないですけど、足を使って投げることが重要なんです。特にふくらはぎ。相手を自分の前で抱えて後ろに飛ばす技なんですけど、足で地面を蹴って相手を飛ばします。ウエートトレーニングが苦手なので、レスリングをたくさんして、実戦練習の中で自然と筋肉をつけてます。その方が体重も増えすぎないんで。

    糸数 投げる時は足を意識してるんですね?

    文田 足の筋肉で飛ばすのが、相手が一番飛ぶんです。

    糸数 自分は太もも裏の筋肉を意識しています。後ろの筋肉をつけるのが難しいので。この六十何キロの体をいかに使っていくか。もう体重を増やせないので、使える筋肉を増やしていこうと。重量挙げは、レスリングもそうだと思いますけど、全身運動。前ばかり使って後ろを使わないともったいないなって。そういう意識でやっていて、本当に細かい筋肉でも使って挙げていこうという意識はしています。今まであまりやっていないですけど、ダッシュや坂道を走ることを、これから取り入れていきたいです。だから、レスリングの綱登りなどのトレーニングもしてみたいです。今はいろいろなトレーニングを取り入れたいというのがありますね。いろいろな競技の人と話して、いいのがあれば。けがしない程度でやってみて、いいなと思ったら取り入れようかなと思います。

    ライバルの存在が東京五輪へ力になると語る文田

    団体競技は苦手

    ――文田選手はライバルの太田選手も日体大で練習していて、常に刺激がある。重量挙げは孤独な戦い。糸数選手は、どのように自分を律していますか。

    糸数 自分は人と戦うことが苦手で、重量挙げに出会って良かったなと思います。結局重量挙げは失敗しても成功しても自分次第なんです。淡々とやるトレーニングが好きで、それが自分に合っているかなと思います。やった分だけ自分に返ってくるのが楽しいから、重量挙げにのめり込むんです。団体競技は真剣にやっていないチームメートがいると「ふざけんなよ」みたいになります。元々バドミントンを中学校までやっていました。ダブルスでペアと組むことも、対戦相手がいることもともに苦手。毎日、ペアとけんかしていました。「なんでできないの」と言ったり、相手には「ふざけんな。失敗ばっかりしてんじゃねえ」とか言われました。本当に重量挙げを選んでよかったなと思います。

    文田 僕は正反対の部分があります。淡々と1人で練習をこなすというのがダメで、近くで(太田選手という)ライバルがいて、「あの人がやってるから、自分も手を抜けないな」などと思いながらやっています。目の前にいることが、モチベーションになっています。自分も団体競技が苦手です。どうしてもチームメートのミスを責めたくなってしまう。個人競技のレスリングはどんどん勝てるようになったら楽しいですし、全部自分の責任でできる。好きなことを好きなだけできるので、そこはすごくのびのびできるというか、自信を持ってやれますね。

    糸数 リオ五輪の時、太田選手が銀メダルを取ってどういう気持ちでしたか?

    文田 すごくうれしくて、良かったと思ったんですけど、「自分がもし出てたら」とも考えました。試合が終わった日や、それからしばらくはずっと寝る前とかに「俺が出たらあの選手には勝てたかな」とか「どこまで行けたんだろう」というのはすごく考えました。

    糸数 リオに行って、変わったことはありますか?

    文田 選手じゃない中で、一番近い立場で五輪を見られました。アップ場の選手とか目の前にいたので、雰囲気は肌で感じられて、それを4年後の東京五輪に生かそうと思いました。

    糸数 ロンドン五輪で日本の男子重量挙げは全階級で1人の枠しかありませんでした。自分と重量級の先輩が、世界ランキングの比較で争っていたけど、1キロ差で出られませんでした。その悔しさがあって、リオ五輪まで頑張ってこられました。太田選手と試合の前、一緒の部屋になったことありますか?

    文田 海外遠征だったら、よくあります。試合前も普通にしゃべります。本当に試合の直前まで普通に先輩と後輩として接していて、向こうから「やりたくねえよ」と言ってきて、「僕もですよ」のようなやりとりもしています(笑い)。太田選手が「同部屋いいかげん変えてくれねえかな」みたいな愚痴を言いつつ。でも、「全力でやろうや」と言い合いながらやっています。

    糸数 調子とか減量具合とかばれますよね。

    文田 部屋で2人で減量するので、体重計に相手の目の前で乗ったりします。「やばいっす、ちょっと僕体重が重いっす」とか言ったりしています。太田選手が「調子わりいな」とか言ったり。そこもちょっと駆け引きかも。「今回調子悪いかも」と言われたら、「僕も悪いかもしれないっす」って言ってみたり。

    ――糸数選手は、リオ五輪で緊張しないためにやったことがありますか。

    糸数 自分はもともと緊張しやすいです。どうですか?

    文田 自分はしない方です。

    糸数 うらやましいです。小さい大会でも関係なく緊張していたんですけど、リオ五輪の2年前の14年世界選手権の時に、自分はジャークで失敗してしまって、記録無しでした。そこから五輪の国の枠取りも始まっていた。自分のせいで責任を感じて、すごくつらかったんですけど、今の代表監督(小宮山哲雄さん)に言われた言葉で意識が変わりました。当時は、練習で160キロまでしか挙げられないのに、1回目の試技の重量を160キロにしてました。練習に比べ、試合では体重を2、3キロ落として臨むため、力の入り方が全然違うんです。その時に、監督に「減量を2~3キロすると、10キロくらい挙げられる重量が変わる。練習で170キロを挙げて、試合で1回目を160キロにするなら分かるが、160キロしか挙げられなくて、160キロからスタートするのはダメだ」って言われました。

     それまでは試合で挙げればいいっていう気持ちでしたが、それからは練習で挙げられない重量は試合で挙げられないなと意識が変わりました。そこからは、練習で、170キロくらいを目標にやっていた。試合では「練習でやっていることで緊張しない。いつも練習で挙げている重さより10キロ軽く、いつでも挙げられるわ」っていう気持ちでリオの時も臨めたんです。失敗するはずないという気持ちで臨んでいたので、緊張しなくて、自分らしい試合ができました。最近、そこまで緊張しなかったんですけど、(重量挙げ男子として36年ぶりにメダルを獲得した昨年の)世界選手権は緊張しました。周囲の期待もすごかったので。

    文田 すごかったですね。

    糸数 一番、それがきついですよね。(試合前に)持ち記録を提出してランキングを作るんですけど、昨年の世界選手権では自分が上から2、3番目でした。そこから「糸数、メダルいけるぞ」ってなって。緊張しないのがうらやましいです。

    文田 僕も世界選手権の決勝に上がった時は、周りのコーチやスタッフが浮かれたムードになっていたんです。メダルは確定していて、金メダルを取ったら何年ぶりみたいなのを計算し始めて。「おい、三十何年ぶりだぞ」って言われて。でも、一番親身にしてくれていた(笹本睦)コーチが「周りは浮かれているけど、気にするなよ」と周りから引き離して、「関係なく、お前の勝負だから」と言ってくれました。そのコーチは五輪に3回行っているんですけど、メダルは1回も取っていなくて、世界選手権でも決勝で敗れていたんです。「俺は世界選手権で優勝できなかったから、五輪でメダルもとれなかった。ここで取り切る力をつけなきゃ、東京もないぞ」って言ってもらった。おかげで東京の前哨戦だと切り替えられ、「自分ができることをやろう」と試合に臨めました。それがすごく大きかったですね。

    糸数 いいですね。経験している人は言っていることが違いますからね。重みがありますね。

    ――メダルを獲得して感じたことは。

    糸数 やはり五輪が終わった翌年は引退したり、出ない選手もいたりして、ちょっとレベルが落ちるんです。周りから「レベルも低くなってるからチャンスだぞ」と言われていました。それでもうれしい気持ちもあったですけど、自分の記録はリオ五輪より3キロ下がっています。正直、自分の中では銀メダルをとれたんですけど、表彰でメダルをもらって舞台の裏に下がった時に、悔しさの方が強かった。やはり金メダルを目標にしてたんだと思いながら。ただ、前向きにとらえればその悔しい気持ちが東京の金メダルをとらせてくれる。悔しい気持ちを東京まで持続させながらやっていかないといけないなという気持ちになっています。文田選手は、金メダルを取った後はどういう気持ちでしたか。

    文田 表彰台でメダルをかけてもらって裏に回った時、最初に感じたのが「思ったより満足しなかったな」という思いでした。日本男子で世界選手権の金メダルもずっといなかったですし、世界一という立場になるのはすごく楽しみにしていたんですけど、本当に取った瞬間から、意外と淡々と過ぎていくなと感じていました。周りもすごく喜んでくれているんですけど、僕は本当に普段の国際大会と同じくらいだなと思いました。終わって裏で取材受けている時にも言ったんですけど。思ったより満足しなかったので、それが自分の中で良かったと安心した部分なんです。本当に心から満足しちゃったら、やっぱり努力しなくなるなと思ったので。僕の中での目標は東京五輪の金メダルなんだなって、一番強く感じました。そこまで努力はやめられない。

    ――いつから東京五輪を意識しましたか。

    糸数 13年9月に東京五輪開催が決まった瞬間に「これは出ないといけないでしょ」と思った。そのためには「リオで経験しとかないといけないな」とも思った。場慣れしていない1回目の五輪でメダルを取ることは難しい。リオは絶対出て、経験して東京で金メダルと気持ちがありました。そういう気持ちの方が強かったです。自分の弱いとこなんですけど、リオに選ばれた時も入賞することをまず目標にしてたんです。それがメダルを取れなかった原因と思っています。メダルを取らないといけないトレーニングをできなかったんです。気持ちがそこまで持っていけませんでした。だからもう文田選手は世界で金メダルを取ってすごいなって。東京五輪が初めての五輪ですが、世界でメダルを取った経験をしてるのは大きいなと思います。

    文田 東京五輪が決まった瞬間に目指そうと思いました。リオは「なんとしても出よう」という意思がなかったので出られなかったのかなってすごく感じました。代表選考の予選でダメってなった瞬間も「やっぱりダメだったか」というふうに最初思ってしまった。それが悔しくて、「このままじゃ東京も行けないな」と思って、そこから切り替わりました。

    糸数 たしかに気持ちってすごい大事ですよね。さっきも言った通り、自分との戦いだから、気持ち次第でやるやらないって変わってきます。東京五輪を目指せるのは幸せだなと思います。全競技の人が東京目指していると思う。自分もその1人の中にいるんだなというのは幸せですし、そこでチャンスをつかめるのはほんのまた一握り。メダル取るのも本当にごくわずかです。あと2年ちょっとしかないんで、そこをどう使うか考えています。自分は最近一日がすごい短く感じてます。ロンドン五輪の後は4年間すごく長かったですが、対照的にリオ五輪が終わってからは、すごく早い。「やばい、もう1日過ぎた」と感じています。1日を大切にしないとどんどん日が流れていきます。2、3時間のトレーニングに今までより集中して、密度の濃いトレーニングができるようになったなって最近感じています。

    文田 僕は太田選手というライバルがいるので、その人と成績であっても直接対決であっても、競い合いながらやっていきます。あの人も東京までは絶対折れないと思いますし、僕もそのつもりはないです。競い合うことでおのずと世界とも競いあってると思います。お互い自信があって、どっちかがどっちかに勝ってるんだから、代表になった方は上位確定という風にはすごく思っています。僕はそれが今までのアジア選手権も世界選手権も自信になりました。「太田選手に勝ったから、僕も世界では負けない」と考えています。そういう気持ちをずっと持ってできるというのはありがたいです。同じ環境にいて同じマットの上で同じ練習をしている。より集中して、より内容が濃い練習をした方が勝てると思う。追い込みやすいです。このまましっかり、気持ちを切らさずにやっていきたいです。

    糸数 今も一緒にトレーニングしてますか?

    文田 はい。

    糸数 やろうとしていることもばればれですよね。

    文田 この前の試合もいきなり普段と違う技をかけてきたんですけど、練習で見ていたので対応できました。

    糸数 お互い手の内を見せながらでもそこで戦っていく。すごいですね。

    文田 すごく良い刺激になってます。

    ――1964年東京五輪で、レスリングは5個の金メダルを取りました。また、日本選手団の金メダル1号が重量挙げの三宅義信さん。ともに伝統のある競技です。

    糸数 五輪の重量挙げで金メダルを取った日本人選手は三宅義信さんしかいない。一番メダルに近いのは誰かと考えた時にやはり三宅さんに教わるのが一番近道かなと思って門をたたきました。三宅さんのトレーニングをいざやってみると、考え方がすごいんですよ。精神的な面とかでも。三宅さんってすごい方だなって年々感じています。教わるというのはありがたいことだなって毎回思っています。

    東京五輪へ向け、さまざまなトレーニングに取り組みたいと意気込む糸数

    「伝統」と向き合う

    ――伝統の重みを背負う覚悟ができましたか。

    糸数 あまりそこは考えないようにしてます。伝統を考えてしまうと自分は緊張しやすいので。精神的なものを三宅さんから受け継いで、自分の最高のパフォーマンスを東京五輪でできればいいなという考えなんです。考えるとダメなんですよね、力が入っちゃって。

    文田 64年の時、レスリングは黄金時代と言われていた。本当にメダリストも多かった。今、男子も少しずつ優勝者が増えてきて、昨年の世界選手権がフリースタイル、グレコローマンスタイル、女子、初めて3スタイルで金メダルを取れて良い形で来ています。やはり一番は全スタイルで金メダルを量産してと言うのがレスリング界の夢です。自分は自分の金メダルだけに集中しているので、僕も伝統とかあまり考えない。何年ぶりとか言われても「はあ」みたいな感じです。

    糸数 重量挙げの男子もレベルがちょっとずつ上がってきた。女子より抜いたんじゃないかという気持ちがあります。レスリングも世界で活躍する男子の選手が増えてきた要因は何ですか。

    文田 軽量級はメダルこそ取れなかったですが、実力ある選手はいました。そういった選手に少しずつ、その選手に勝つ、その選手にまた勝つということを繰り返して、少しずつ世界のメダルに近づいてきたのかなと思います。そこも伝統なのかなと思います。今、日体大でコーチをしてくださってる方もロンドン五輪で銅メダルでした。日本の軽量級は、ちょっとずつ積み重ねてきたのかなって。今その一番いい位置に自分とか太田忍先輩がいるのかなと感じてますね。

    糸数 伝統ですね。まとめてくれましたね(笑い)。

    ――重量挙げは。

    糸数 ずっとメダルも取れていないんで、最近言ってくれる人がだんだんいなくなっています。メダル取ったりすると、「こうした方が良いよ、ああした方がいいよ」って言ってこなくなるんですよ。そういう時に三宅さんのところに行くとボコボコに言われます。「お前、これだからだめなんだよ」と言われると新鮮に感じます。やっぱり東京五輪のプレッシャーの中でメダルを取った人はすごいなと思います。今、そういう精神的な面も教わって、いい練習ができてるのは感じてます。

    ――東京五輪の意気込みをおねがいします。

    糸数 重量挙げで56年ぶりに金メダルを取れるようにしっかり頑張っていきたいと思います。

    文田 東京での五輪はとても特別なこと。自分自身競技人生で最大の目標としているので、必ず金メダルをとりたいです。

    東京五輪の金メダル獲得を誓う文田(左)と糸数

     ふみた・けんいちろう 山梨県韮崎市出身。県立高校のレスリング部監督だった父敏郎さんの影響で中学から本格的に競技を始める。各年代で日本一を経験。昨年の世界選手権グレコローマンスタイル59キロ級の21歳8カ月での優勝は、五輪・世界選手権を通じて日本勢最年少だった。

     いとかず・よういち 沖縄県の久高島出身。高校で本格的に競技を始め、初出場の2016年リオデジャネイロ五輪はトータル302キロの日本記録で4位入賞。昨年11月の世界選手権ではトータル299キロで銀メダルを獲得した。日本選手権は4連覇中。階級は62キロ級。