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岡崎 武志・評『破滅の王』『滝田ゆう 昭和×東京下町セレナーデ』ほか

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今週の新刊

◆『破滅の王』上田早夕里・著(双葉社/税別1700円)

 これほどの作家がいたことを知らなかった。そのことをまず詫(わ)びたい。上田早夕里(さゆり)『破滅の王』は第二次大戦下の上海を舞台にした、一級のエンタメ歴史小説だ。

 上海は各国の租界とアンダーグラウンドが同居する「魔都」だった。そのモダン都市に作られた日本の科学研究所で働く宮本敏明が主人公。満州事変、盧溝橋事件、そして太平洋戦争開戦と暗黒時代に突入する中、宮本が領事館から託された論文があった。

 それは、暗号名「キング」と呼ばれる驚異の殺人細菌兵器の存在で、しかも論文は不完全なものだった。治療法皆無の「最終兵器」を巡り、「科学を正しく使うことだけを考えたい」と誓ったはずの真面目な研究者が、死がゴールの絶望の道を走り出す。

 著者は膨大な参考文献により、歴史的背景を詳細に踏まえ、時代に翻弄(ほんろう)される男たちの姿を陰影深く描き出す。まさに男たちのドラマだ。2段組み約360ページに込められた熱量に圧倒された。

◆『滝田ゆう 昭和×東京下町セレナーデ』松本品子・著(平凡社/税別1700円)

 滝田ゆうが住んだ町・国立の小さな美術館で開かれた所蔵展を見た。並みいる抽象画や油絵の大作より、私が惹(ひ)き付けられたのは一枚の水彩。滝田の手による下町の夕焼けを描いた絵だった。

 松本品子『滝田ゆう 昭和×東京下町セレナーデ』は、1990年に58歳で逝去した不世出の漫画家の仕事と生涯を、美しいカラー図版で振り返る。採録された原画を見ると、その描線の美しさに惚(ほ)れ惚(ぼ)れとする。

 今は失われた娼婦の街・玉の井で少年時代を送った滝田。代表作『寺島町奇譚』には迷路のような路地、ドブ板、瓦屋根と波打つ板塀など、街全体を包み込むように描写される。そこを行き交う男や犬や子どもたちが愛(いと)おしい。

 そして何といっても優しく哀(かな)しい女たち。斜めにしなだれかかり、もの憂げにした和服の女性は匂い立つようだ。東京都文京区「弥生美術館」で「滝田ゆう展」が開催中(3月25日まで)。これは行かずばなるまい。

◆『バー「サンボア」の百年』新谷尚人・著(白水社/税別2000円)

 今年創業から100年を迎える老舗バー。同名店が全国に14軒を数える。『バー「サンボア」の百年』は、大阪、銀座、浅草と3店を営む新谷尚人が、そのルーツと歴史を探訪する。神戸での創業者・岡西繁一は「出自は定かではない」という。その後、創業店の意志を受け継ぎ、大正、昭和、平成と、これぞバーという格式と空気が伝承されていった。バーというものは、板一枚の向こうに酒、その間に「人格」があればいいと、教えてくれた客がいた。酒の味は人が作ることを本書で知る。

◆『バッキンガム宮殿のVIP』スーザン・イーリア・マクニール/著(創元推理文庫/税別1340円)

 スーザン・イーリア・マクニール(圷(あくつ)香織訳)『バッキンガム宮殿のVIP』は、マギー・ホープをヒロインとしたシリーズ第6弾。第二次大戦下のロンドン、チャーチルのタイピストから特殊工作員に抜擢(ばってき)されたのが若きマギー。ロンドンで次々と姿を消していく女性たち。しかもSOE(特別作戦執行部)の訓練を受けた者ばかり。マギーはその調査に乗り出す。そのうちの一人が死体で発見され、しかも「切り裂きジャック」の模倣犯の疑いが……。才気煥発の女性スパイの活躍をお楽しみあれ。

◆『47都道府県格差』木原誠太郎・著(幻冬舎新書/税別760円)

 1位は神奈川で、その約10分の1が沖縄。何が? 都道府県別平均貯蓄額である。木原誠太郎『47都道府県格差』は、寿命、年収、子供の学力など31項目について、政府統計から全国ランキングを作成し、独自アンケートもあわせ「都道府県間格差」を調査する。そこから、長寿県の長野、学力1位の石川、高校生就職率100%の富山などの「県民性」が明らかに。故郷大好きの山口県は、プライド高く感動屋。魅力度最高位はダントツで北海道、最下位は「茨城」。大きなお世話だ。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2018年2月4日号より>

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