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銭湯百景

後継者不足や経営難で廃業が相次ぐものの、銭湯は昔も今も地域のコミュニケーション拠点。身も心も解きほぐし、人間関係を紡ぎ直せる場所だ。各地の銭湯をめぐり、地域の人や物語を紹介する。

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/1 背中流し「三助」復活の動き

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入浴客の背中を流す右田智弘さん(右)=神奈川県座間市で
入浴客の背中を流す右田智弘さん(右)=神奈川県座間市で

 <くらしナビ ライフスタイル>

 江戸時代から銭湯には客の背中を流す従業員、いわゆる「三助(さんすけ)」がいた。釜たきや温度調整を担う番頭たちが、銭湯の裏方仕事と並行して担当していた。番頭がいなくなり、背中流しの仕事もなくなったが、近年、復活の動きが出ている。

 ●気配り目配り大切

 「トタン屋根の家も建ち始めていたが、まだ焼け野原のようだったなあ」。東京都世田谷区の坊山義信さん(83)は、石川県から上京してきた当時の街並みを覚えている。大田区の銭湯で働き始めたのは敗戦の数年後。最初は釜たきの材料となる建築廃材を拾い集めた。やがて、親子ほど年の離れた先輩の見習いとして釜たき番に。そのころ、複数の銭湯で流しの仕事を経験した。

 流しを希望する客は、番台で入浴料に加えて流し代を払う。受け取った木札を浴場の椅子の横や台の上に置く。常連は水分を含んだ木札を鏡に張り付けた。釜場にいる番頭には、番台からベルで合図があった。1回鳴れば男湯で男性客、2回なら女湯で女性客。いずれも男性の番頭が入っていった。銭湯の従業員は、客に人目を意識させない自然さを身につけていた。

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