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中村文則の書斎のつぶやき

芥川賞作家・中村文則さんが、いろいろな場所の「書斎」から、さまざまなことをつぶやきます。

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中村文則の書斎のつぶやき

僕の隣に人が座らない

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 近ごろ、小さいことだけど、なかなかショックなことに気づいた。電車で、僕の隣に人が座らないのである。

 前から薄々感づいていたのだけど、改めて意識してみると、やはり座らない。さすがに満員になると誰か座るのだが、僕の隣は大抵、最後まで空いている。

 なぜだろう? ジメジメしたオーラでも出しているのだろうか。いつも大体、白米についたコゲのような黒い服を着ているからだろうか。「悪霊」とか「魔の山」とか、恐ろしげな題名の本を読んでいるからだろうか。僕は目の下のクマが昔からひどいのだが、それが感染するとでも思っているのだろうか。なんなら、感染させてあげたいとも思う。みなの目の下にもクマができれば、少なくとも僕は愉快である。

 先日は、僕の隣と、いかつい男性の隣だけが空いていた。男性は金髪のモヒカンで、黒い革ジャンを着、「ハードロッカー」という感じだった。Tシャツにも、得体(えたい)の知れない骸骨がプリントされている。老人の男性がやってきて、僕とハードロッカーを一瞬、つぶらな瞳で交互に見た。老人は迷っている。プルンとした唇をなぜか動かしながら、一歩一歩、足を進めていく。これは勝負だ、と僕は思った。ハードロッカーのモヒカ…

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