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社説

石牟礼道子さん死去 問いつづけた真の豊かさ

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 心は本当に満ち足りているのだろうか。亡くなった作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)さんが改めて私たちに問いかけているような気がする。

     石牟礼さんの代表作「苦海浄土(くがいじょうど)」は鋭く繊細な文学的感性で水俣病の実相をとらえ、公害がもたらす「人間と共同体の破壊」を告発した。

     1969年刊行の同書は高度経済成長に浮かれる社会に衝撃を与え、公害行政を進める契機ともなった。

     56年、熊本県水俣市で原因不明の病続発が保健所に通報され、水俣病は公になる。だが、チッソが海に流す排水の有機水銀による魚介類汚染が疑われても行政の動きは鈍く、ようやく68年に公害病と認定された。

     この間の放置で被害がどれだけ拡大したかわからない。公害を大きな問題にすると経済成長のブレーキになりかねないという政府内の消極姿勢、世論の無関心もあった。

     公害がむしばむのは自然と健康だけではない。差別と対立。家族、集落の絆も断たれ、生活や人生そのものが否定される。「苦海浄土」はそれを克明に、患者一人一人と向き合うようにして描き、全国の読者の心を動かした。そこには公害行政の草分けとなった人々も含まれる。

     遠隔の大都市圏などに「地方」の情報が十分届いていなかった。石牟礼さんは「この事態が東京湾で起きたら、こうはならなかったろう。幾度もそう考えた」と書いている。公害に限らず今も問われる課題だ。

     公害は、あくなき発達と利益追求文明の落とし子でもある。

     石牟礼さんは、60年代、初めて上京した。その時抱いた深い違和感と疑問を後に本紙にこう語っている。

     「朝異様な音に目が覚めた。もの皆をひき砕く轟音(ごうおん)と感じました。車や工場やいろんなものが出す音が織り成す。このような凶暴な音に包まれた文明とは何でしょう」

     「苦海浄土」の中で老いた漁師が語る。「魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。これより上の栄華のどこにゆけばあろうかい」

     天の恵みの魚を要るだけとって日々暮らすような幸福。今は幻想とも思える、そんな充足感をどこかに失ってしまった現代を、石牟礼さんの作品は見つめ続ける。

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