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第94回センバツ高校野球

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センバツ三重高 阪神大震災直後の復興大会出場 ホンダ鈴鹿ヘッドコーチ・丸井健太郎さん「中止も覚悟」心揺れ /三重

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「復興センバツ」の様子を振り返るホンダ鈴鹿の丸井健太郎ヘッドコーチ=鈴鹿市住吉町のホンダドリームスタジアムで 拡大
「復興センバツ」の様子を振り返るホンダ鈴鹿の丸井健太郎ヘッドコーチ=鈴鹿市住吉町のホンダドリームスタジアムで

 <第90回記念選抜高校野球>

 母校の三重高野球部のセンバツ出場が決まり、社会人野球のホンダ鈴鹿のヘッドコーチを務める丸井健太郎さん(40)=鈴鹿市道伯3=が自らが出場した23年前を思い起こしている。「目標にしていた甲子園出場はかなったが、被災者の気持ちを考えると不安だった」。阪神大震災直後で「復興センバツ」と呼ばれた1995年大会は振り返るたびに複雑な気持ちになる。

 秋の東海大会決勝で県岐阜商高に11-5で完勝し、甲子園への出場切符をほぼ手中に収めていた。しかし、95年1月17日早朝に発生した阪神大震災で、大会開催が危ぶまれる事態になった。

 丸井さんは「毎日、被災状況をテレビで見るたびに大会中止が頭をよぎっていた」という。2月17日に大会開催が決定し、同21日に晴れてセンバツ出場の報が届いた。

 中止を覚悟していた丸井さんは「周りの雰囲気を考えると、素直に喜べる気持ちにはなれなかった。こんな時期に野球をやっている場合じゃないとも考えた」と、当時の揺れる思いを振り返る。

 宿舎から球場への移動は通常はバスだが、被災者や工事関係者への配慮などから電車に変更となった。野球道具を手にユニホーム姿で乗り込んだ電車の車窓に胸を痛めた。「あちこちで瓦が落ちて、屋根にブルーシートがかぶせられ、一面が青色の景色だった」

 開会式も華やかな入場行進はなく、選手一堂が外野に整列したところから始まった。応援も鳴り物は禁止された。特別な雰囲気の中での開催となったが「甲子園の土を踏んだだけで十分だった」。

 プレーで被災地を勇気づけたい思いが空回りしたのか、それとも甲子園独特の重圧からか「落球など考えられないプレーが出るなど平常心で戦えなかった」。初戦で星稜(石川)に0-4で敗れた。

 センバツは歴史を刻み、90回の節目を迎える。後輩たちはどんな春を送るのか。「高校生らしい、はつらつとしたゲームを見せてほしい」と健闘を祈っている。【佐野裕】

〔三重版〕

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