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広島原爆アーカイブ

1945年8月6日午前8時15分、人類史上初の核攻撃で破壊し尽くされた広島。その3日後、毎日新聞記者が撮った原子野の光景は、「核廃絶の原点」として後世に残さなければならない記録となった。「広島原爆アーカイブ」は広島原爆を撮った所蔵写真を順次公開していきます。

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72年ぶり、写真の身元判明(その1) 母は被爆少女だった

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被爆3日後、国平幸男さんが撮影した少女=広島市で1945年8月9日
被爆3日後、国平幸男さんが撮影した少女=広島市で1945年8月9日

 パソコンの画面に浮かんだ物憂げな少女の写真。1945年8月9日、米軍による史上初の原子爆弾投下から3日後の広島で撮影され、背景に余じんがくすぶる焦土が見て取れる。その一枚の写真と、成人女性が写る別の一枚が重なり合う様子を、東京都調布市の会社員、藤井哲伸(てつのぶ)さん(57)が万感の思いで見つめた。

 昨年11月、都内の東京歯科大にある研究室。重ねた写真の2人は、歯並びや目の幅などが一致する。橋本正次教授(法歯学)が「両者を別人とする明らかな相違は認められません」と話すと、藤井さんは目を凝らした。「言葉になりませんね」。写真の少女が母親と認められた瞬間だった。

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