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第94回センバツ高校野球

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英明再び

野球部の歴史/上 創部、基礎の基礎から 2005年春 前身は14人の同好会 /香川

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英明の野球部創部当時の思い出を語る引田貴也さん(右)と柳生健太部長=高松市国分寺町新名で、潟見雄大撮影 拡大
英明の野球部創部当時の思い出を語る引田貴也さん(右)と柳生健太部長=高松市国分寺町新名で、潟見雄大撮影

 <第90回記念選抜高校野球>

 「創部時からは考えられないくらい今の子たちはレベルが高い」。第90回記念選抜高校野球大会に出場する英明。初代主将の引田貴也さん(30)=高松市=は、2回目のセンバツ切符を手にした後輩らの印象をそう語る。創部は2005年。今回のセンバツ出場36校で歴史が最も浅い。その野球部の歴史をたどる。

 「また野球ができる。入部は迷わずに決めた」。引田さんが2年生の秋、創部の動きが本格化した。中学時代は野球部に所属していたが、英明にはなかった。授業とアルバイト中心の生活を送っていたが、その動きを知るとすぐに貯金を崩してグラブを買いに行った。

 英明は1917年に明善高等女学校として創立。2001年に男女共学となり、英明に改称された。その後、丸亀城西を甲子園に導いた香川智彦監督(60)を商業科教員として採用することが決定。元高校球児で社会科教員の柳生健太部長(43)が中心になり、04年秋、英明に野球部の前身となる同好会が結成された。

 入会希望者には柳生さんらが面接。「大事な初代メンバー。中途半端な気持ちで野球をやってほしくない」と、厳しい質問を繰り返した。「坊主頭になる覚悟は」「試合に出られないかもしれないが、それでもいいか」。引田さんらは「それでも野球がしたい」という思いを訴えた。

 1、2年生計14人で同好会がスタート。翌05年4月には野球部に昇格し、15人の新入部員も加わった。ただ、当時は引田さんのようにブランクのある者や、野球経験が全くない者もいた。

 道具の手入れ、グラウンド整備の仕方--。「基礎の基礎から教えた。組織としてのルール作りから始め、まるで親が子どもをしつけているみたいだった」と、香川監督は笑う。活動資金も足りず、道具も十分にそろわなかった。折れたバットや破れたボールを補修して使い、他校から使わない道具を譲ってもらった。

 初の公式戦となった夏の香川大会。抽選会に出席した柳生部長は、トーナメント表を指さして引田主将に言った。「あそこを引いてこいよ」。英明と同じ05年に創部した高松中央の隣だった。そして主将は高松中央との開幕カードを引き当てた。引田さんは「まさか本当に引くとは。今でもその時の抽選札は持っている」と言う。開幕戦のスタンドは多くの観客で埋まり、英明は9-2のコールド勝ちで初陣を飾った。

 卒業から10年以上たった今でも当時の部員たちは月に1回ほど集まる。「野球部ができたことで一生つきあう仲間ができた。集まればあの時のことばかり話す」。引田さんはそう語った後、後輩にエールを送った。「勝利を期待されるだろうが、とにかく野球を楽しんでほしい」【潟見雄大】

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