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第103回全国高校野球選手権

第103回全国高校野球選手権大会(8月10~29日)の特集サイトです。

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第90回選抜高校野球

勇気届けて90回、希望のセンバツ(その2止) 刻まれた春、名場面10選 あなたが選ぶNo.1

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サイン色紙を手に持つ前田健太投手=大阪市中央区で2017年12月28日、川平愛撮影 拡大
サイン色紙を手に持つ前田健太投手=大阪市中央区で2017年12月28日、川平愛撮影

 <毎日新聞創刊146年 夢をつなぐ・こころがつながる>

前田投手のサインプレゼント

 センバツが90回の節目を迎えるのを記念して、毎日新聞運動部では、これまでの大会の中から「センバツ名場面」として10試合を選びました。この中から、最も印象に残っているものを一つ選び、投票してください。投票いただいた方の中から抽選で3人の方に米大リーグ・ドジャースの前田健太さんの直筆サインをプレゼントします。また、名場面の投票結果は3月中旬の毎日新聞大阪朝刊で発表します。

(1)第18回大会(1941年) 準々決勝 岐阜商(岐阜)2-1滝川中(兵庫)

 「泣くな別所、選抜の花だ」。18回大会の準々決勝・岐阜商戦で試合途中に骨折しながらも投げ続けた滝川中の別所昭(後に毅彦)を、大阪毎日新聞神戸版の見出しがそうたたえた。九回にクロスプレーで左腕を骨折したものの、布できつく縛りつけ続投。延長十二回途中まで投げたが十四回に後続が打たれ、サヨナラ負けとなった。

(2)第29回大会(1957年)決勝 早稲田実(東京)5-3高知商(高知)

 春の優勝旗が箱根の山を初めて越えた。出場20校のうちサウスポーが半数を占めた29回大会は、エース・王貞治を擁した早稲田実が制した=写真は抱き合って喜ぶ早実バッテリー。決勝も高知商との左腕対決となったが一回に2点を先取、五回にも加点し主導権を握った。高知商は八回に3点を返し、なお三塁の好機だったが、王がドロップで三振を奪い後続を断った。

45回大会で怪物と呼ばれた作新学院・江川=阪神甲子園球場で1973年3月27日 拡大
45回大会で怪物と呼ばれた作新学院・江川=阪神甲子園球場で1973年3月27日

(3)第45回大会(1973年)1回戦 作新学院(栃木)2-0北陽(大阪)

 45回記念大会で話題をさらったのは、甲子園初登場となった作新学院の「怪物」江川卓の奪三振ショーだった。圧巻は初戦の北陽戦。優勝候補の一角とも目された相手にほとんどバットに当てさせず19奪三振。準決勝で広島商に敗れるまでの4試合(34イニング)で計60の三振を奪い、43年ぶりに奪三振記録を塗り替えた。

「さわやかイレブン」と称された、第46回大会準優勝の池田の選手たち 拡大
「さわやかイレブン」と称された、第46回大会準優勝の池田の選手たち

(4)第46回大会(1974年)決勝 報徳学園(兵庫)3-1池田(徳島)

 わずか11人で臨んだ初出場の池田が決勝まで勝ち上がり、旋風を巻き起こした。エース山本智久の好投もあり、全て2点差以内という接戦で勝ち進み、決勝の相手は報徳学園。五回までは両者無得点とがっぷり四つの試合を見せたが、終盤に点を奪われ敗戦。はつらつとした戦いぶりから「さわやかイレブン」と評された。

「第51回選抜高校野球」優勝戦(浪商対箕島)七回裏箕島1死、北野が右越えに同点本塁打を放ち、笑顔でガッツポーズ=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で1979(昭和54)年4月7日、多河寛撮影 拡大
「第51回選抜高校野球」優勝戦(浪商対箕島)七回裏箕島1死、北野が右越えに同点本塁打を放ち、笑顔でガッツポーズ=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で1979(昭和54)年4月7日、多河寛撮影

(5)第51回大会(1979年)決勝 箕島(和歌山)8-7浪商(大阪)

 18本塁打、505安打と大会通算記録が更新され打撃に注目が集まった51回大会を制したのは箕島。決勝では、牛島和彦-香川伸行のバッテリーを擁して勝ち進んだ浪商相手に、4番・北野敏史の大会史上初のサイクル安打などで打ち勝った。4試合で27得点を奪った箕島はこの年の夏も制し、春夏連覇を成し遂げた。

第57回選抜高校野球大会準決勝【伊野商-PL学園】。PL学園に完投勝利した伊野商の渡辺智男投手=甲子園で1985年(昭和60年)4月6日、出版写真部員撮影 毎日グラフ1985年4月14日・21日合併号98-99ページ掲載の別カット 拡大
第57回選抜高校野球大会準決勝【伊野商-PL学園】。PL学園に完投勝利した伊野商の渡辺智男投手=甲子園で1985年(昭和60年)4月6日、出版写真部員撮影 毎日グラフ1985年4月14日・21日合併号98-99ページ掲載の別カット

(6)第57回大会(1985年)準決勝 伊野商(高知)3-1PL学園(大阪)

 大会を制した伊野商のエース・渡辺智男が準決勝で「KKコンビ」の一人として最強の名をほしいままにしていたPL学園の清原和博から3三振を奪った。二、四回はいずれもフルカウントから直球で空振りさせた。四球を挟み、最後の八回の打席でも速球に手が出ず見逃し三振した清原はバットを地面にたたきつけて悔しがった。

【東邦3ー2上宮】失策での幕切れでうずくまる上宮ナインと、喜ぶ東邦の選手 拡大
【東邦3ー2上宮】失策での幕切れでうずくまる上宮ナインと、喜ぶ東邦の選手

(7)第61回大会(1989年)決勝 東邦(愛知)3-2上宮(大阪)

 61回大会決勝は失策による逆転サヨナラという予想外の幕切れとなった。上宮が1点リードで迎えた延長十回裏2死、中前打に悪送球が絡み、土壇場でひっくり返された。東邦の選手が歓喜の輪を作る一方、計3本塁打を放って大会の主役となっていた元木大介ら上宮ナインはグラウンドにうずくまったままだった。

第64回選抜高校野球大会の第1日第1試合、星陵・宮古戦で星陵の松井秀喜(三塁手)は2打席連続の3ランを放った(大会タイ記録、史上9人目)。また7打点をあげ、桑田真澄(PL)に並ぶ大会記録。第64回選抜高校野球大会第1日第1試合【星陵・宮古】星陵三回二死二塁で、中越えの3ランホームランを放った松井秀喜=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で1992年(平成4年)3月27日、出版写真部員撮影 毎日グラフ1992年(平成4年)4月12日号 4-5頁のカット 拡大
第64回選抜高校野球大会の第1日第1試合、星陵・宮古戦で星陵の松井秀喜(三塁手)は2打席連続の3ランを放った(大会タイ記録、史上9人目)。また7打点をあげ、桑田真澄(PL)に並ぶ大会記録。第64回選抜高校野球大会第1日第1試合【星陵・宮古】星陵三回二死二塁で、中越えの3ランホームランを放った松井秀喜=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で1992年(平成4年)3月27日、出版写真部員撮影 毎日グラフ1992年(平成4年)4月12日号 4-5頁のカット

(8)第64回大会(1992年)1回戦 星稜(石川)9-3宮古(岩手)

 ラッキーゾーンを撤去して初となった64回大会では、星稜の松井秀喜が開幕試合に登場。三回2死二、三塁から中堅バックスクリーン右へスリーランを放つと、次打席もアーチを描き4安打7打点と荒稼ぎした。星稜は準々決勝で姿を消したが松井は計3本塁打。両翼で5メートル、最深部で8メートル広くなったことを感じさせなかった。

【東北6-7済美】九回裏済美2死一、二塁、高橋勇丞にサヨナラ本塁打を浴び、外野を見ながらひざに手をつく東北・真壁賢守=阪神甲子園球場で2日、小関勉写す 拡大
【東北6-7済美】九回裏済美2死一、二塁、高橋勇丞にサヨナラ本塁打を浴び、外野を見ながらひざに手をつく東北・真壁賢守=阪神甲子園球場で2日、小関勉写す

(9)第76回大会(2004年)準々決勝 済美(愛媛)7-6東北(宮城)

 済美が創部3年目にして頂点に駆け上がった。準々決勝の東北戦では、九回2死2ストライクから3ランで逆転サヨナラ勝ち。東北の先発は、初戦の熊本工戦で無安打無得点を記録したダルビッシュ有ではなく「メガネッシュ」こと真壁賢守=写真・小関勉撮影。最後の打球は左翼守備についていたダルビッシュの頭上を越えていった。

【大阪桐蔭9-2花巻東】12年のセンバツで、大阪桐蔭の藤浪から右越え本塁打を放つ花巻東の大谷=阪神甲子園球場で2012年3月21日、望月亮一撮影 拡大
【大阪桐蔭9-2花巻東】12年のセンバツで、大阪桐蔭の藤浪から右越え本塁打を放つ花巻東の大谷=阪神甲子園球場で2012年3月21日、望月亮一撮影

(10)第84回大会(2012年)1回戦 大阪桐蔭(大阪)9-2花巻東(岩手)

 大阪桐蔭・藤浪晋太郎と花巻東・大谷翔平の対決が1回戦で実現した。まずは打者・大谷=写真・望月亮一撮影。二回に藤浪の内角変化球をすくい上げ、右翼への先制弾としてみせる。投手としては11与四死球と制球が定まらず、終盤に崩れて9失点で途中降板。一方の藤浪は尻上がりに調子を上げ、2失点完投と明暗が分かれた。


 ◆応募要項

締め切りは3月7日必着

 応募ははがき、ファクス、インターネットにて。郵便番号、住所、氏名、年齢、職業、電話番号、名場面の投票番号、選んだ理由を明記の上、〒530-8031 大阪北郵便局私書箱11号「センバツ名場面」係へ。ファクスは06・6346・8665、インターネットWEBは応募フォーム(https://www.mainichi-ks.jp/form/meibamen/)で。締め切りは3月7日(必着)。問い合わせは毎日企画推進センター06・6346・8661(土日祝除く10~17時まで)。個人情報はプレゼントの発送のみに利用します。プレゼント当選発表は発送をもって代えさせていただきます。


 ■センバツヒストリー

 ◆92年

ラッキーゾーンを撤去

 55回大会(83年)では10回大会以来50年ぶりに出場校が32校に。以後、この32校が定着。60回大会(88年)は「還暦」の記念大会として、過去最多の34校が出場した。64回大会(92年)にはラッキーゾーンが撤去された。翌年の65回大会では、新大会歌の「今ありて」が誕生。66回大会(94年)には複数投手制を奨励するためベンチ入りが1人増の16人に。投手の肩・肘検査も始まった。

「第67回選抜高校野球」(開会式)阪神大震災で亡くなった人たちのめい福を祈り、黙とうする兵庫3校の選手たち=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で1995(平成7)年3月25日、大崎幸二撮影 拡大
「第67回選抜高校野球」(開会式)阪神大震災で亡くなった人たちのめい福を祈り、黙とうする兵庫3校の選手たち=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で1995(平成7)年3月25日、大崎幸二撮影

 ◆97年

記録員がベンチ入り

 67回大会(95年)の前には、阪神大震災が発生。開催が危ぶまれながらも「復興・勇気・希望」をスローガンに開幕。被災地の兵庫県から3校が出場した=写真・大崎幸二撮影。記録員のベンチ入りが始まったのは69回大会(97年)から。70回大会(98年)は記念大会として36校が出場し、以降は5回ごとに2校増、10回ごとに4校増が定着した。

閉会式で掲げられた「がんばろう!日本」の横断幕。奥は優勝した東海大相模の選手たち=阪神甲子園球場で2011年4月3日、貝塚太一撮影 拡大
閉会式で掲げられた「がんばろう!日本」の横断幕。奥は優勝した東海大相模の選手たち=阪神甲子園球場で2011年4月3日、貝塚太一撮影

 ◆2001年

21世紀枠を新設

 困難克服などで選ぶ21世紀枠が新設されたのは73回大会(2001年)。2校が出場し、うち宜野座は4強入りも果たした。75回大会(03年)から秋の明治神宮大会の優勝校を出した地区の出場枠を1増やす「神宮大会枠」と、補欠校から守備重視で選ぶ「希望枠」(81回大会から廃止)を創設。76回大会(04年)からはベンチ入りが18人に増えた。また、選手の健康負担を理由に1日4試合行ってきた準々決勝を1日2試合ずつ2日間に分割した。

 83回大会(11年)直前に東日本大震災が起こり、開催自粛も検討されたが「がんばろう!日本」をスローガンに開催=同・貝塚太一撮影。特例措置として被災地・宮城から出場する東北を1回戦最後の試合とした。86回大会(14年)からは準々決勝を1日4試合に戻し、準決勝との間に休養日を設けたが、この年は雨天順延や再試合が重なり適用されなかった。

 ◆18年

 90回大会(18年)は例年より4校多い36校が出場する。

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