メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

Features・平昌の主役たち:Vol.15 フィギュアスケート女子フリー 宮原知子 信じてつかんだ夢舞台

女子SPで演技する宮原知子=東京都調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザで2017年12月21日、佐々木順一撮影

Features・平昌の主役たち

Vol.15 フィギュアスケート女子フリー 宮原知子 信じてつかんだ夢舞台

 <フィーチャーズ>

 (23日午前10時~)

 けがが判明し、平昌五輪代表切符をつかむまでの日々。フィギュアスケート日本女子のエースにとって、2017年は苦しい1年だった。

 平昌五輪は最大の夢だった。19歳という絶好のタイミング。そして何年も前からの「平昌は宮原」という周囲の期待。自身も「絶対に行きたい」と公言してきた。

 だが、全日本選手権を3連覇した後の17年、描いた未来予想図が狂い始める。1月、左股関節の疲労骨折が判明。痛みを抱えながら練習を続けたものの、春は約1カ月、東京・国立スポーツ科学センター(JISS)でのリハビリを余儀なくされた。その後、氷に乗り始めたが、夏に左足首をねんざ。さらに右股関節の骨挫傷。「またかあ、という感じ。ちょっと追い打ちをかけられた感じ」。氷上を離れ、1人暮らしをする部屋、または実…

この記事は有料記事です。

残り1140文字(全文1500文字)