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’18センバツ下関国際 第2部/2 躍進の陰にOB2人 /山口

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下関国際元キャプテンの嶋コーチ 拡大
下関国際元キャプテンの嶋コーチ
2011年夏主戦の大槻部長(中央) 拡大
2011年夏主戦の大槻部長(中央)

 <第90回記念選抜高校野球>

 県内有力校に名を連ね、昨夏の甲子園に続いて春のセンバツ切符もつかんだ下関国際の近年の躍進は“原点”を知るOB2人の存在抜きには語れない。

 2011年卒業の嶋大将(だいすけ)コーチ(25)と、12年卒の大槻陽平部長(24)。いずれも坂原秀尚監督(41)の野球をたたき込まれた生え抜きで、部員と共に寮生活し、公私にわたって一人一人の面倒をみる「兄貴分」的存在だ。

 内野手だった嶋コーチが1年生の頃は部員が少なく、夏に3年が引退すると残りは5人だけ。試合もままならない逆境に負けず、3年で主将を務めた。監督の信頼は厚く、学校からコーチを雇う許可を得ると、北九州市の地元で働いていた嶋コーチに最初に声を掛けた。14年に母校へ戻り、今は実習助手とコーチを掛け持ちする。

 一方、垢田中(下関市)の投手だった大槻部長は嶋コーチの翌年に入学。石が転がり、プレハブ小屋の上に取り付けた照明が照らす薄暗いグラウンドで日夜練習に励み、最後の夏は主戦としてチームを県4強まで引っ張った。しかし、進学した大分市の大学野球部ではBチーム暮らし。2年生の時、年始あいさつで坂原監督を訪ねると指導者の道を勧められた。迷ったが、大学で学生コーチとなって経験を積み、復帰後の17年に公民科常勤講師兼部長となった。

 2人が戻った母校は、内野が黒土で整備され、ナイター設備が全体を明るく照らすグラウンドで大勢の部員が練習に打ち込んでいた。だが、嶋コーチは別の変化も感じた。「人数が少ない時は全員『自分が引っ張る』と思っていた。人数が多いと埋もれる選手もいる」。2人は遠慮がちな部員がいれば、タイミングを見計らい声をかける。坂原監督の教え子だけに、選手が「きつい」と思うポイントが分かるのも強みだ。

 大槻部長が「自分とプレーが重なる」という岩本雄斗投手(2年)は1年目、練習試合の登板も1試合だけだったが、具体的な助言を受けてけん制や捕球・送球技術も磨き、昨秋の中国地区大会県予選初戦は先発を任された。岩本投手は「自分が『見てもらえている』と感じる」と話す。

 実習助手はベンチ入りできない規定のため、嶋コーチは甲子園ではスタンドから見守るが、ナインとの絆は固い。「朝早くから夜遅くまで、選手の頑張りは見てきた。粘り強さを発揮してほしい」

〔山口版〕

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