佐世保発!

カジノは自己責任か /長崎

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 オーストラリアを働きながら旅した1985年、北端の街ダーウィンでカジノを体験しました。戦後の日本に進駐する豪兵と結婚した「戦争花嫁」と知り合い、車で連れて行かれたのです。夜の観光に、日本にないカジノを見せたかったのでしょう。トランプで100豪ドル(約8500円)すったと報告すると、自分のチップを分けてくれました。また全部すると、「もう帰りましょう」と一緒に退場しました。

 100豪ドルの負けで済んだのは、旅行小切手をそれだけしか換金していなかったからです。財布に現金があり、同胞に優しい戦争花嫁が同伴していなかったらどうなっていたことか。佐世保市のハウステンボスを舞台にカジノ誘致が動き出して、思い出しました。

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