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第103回全国高校野球選手権

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青侍の挑戦

センバツ・近江 第2部・指導者に聞く/下 武田弘和コーチ/小森博之コーチ /滋賀

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選手にノックを打つ近江の武田弘和コーチ=和歌山県有田川町のなぎの里球場で、小西雄介撮影 拡大
選手にノックを打つ近江の武田弘和コーチ=和歌山県有田川町のなぎの里球場で、小西雄介撮影

 3月23日開幕の第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に出場する近江。1989(平成元)年に就任した多賀章仁監督(58)の教え子で、現在は監督の下で選手を指導する2人のコーチ、武田弘和さん(36)と小森博之さん(34)に聞いた。【小西雄介】

個性認め寄り添う 武田弘和コーチ(36)

 ◆現在の役割は?

 監督と選手の間に入り、監督の指示や意図を選手により分かりやすく伝えている。

 ◆指導で大切にしていることは?

 コーチになった当初は怒ることが指導だと勘違いしていて、徐々に選手が離れていった。現在は選手の個性を認め、寄り添って指導するようにしている。

 ◆なぜ近江のコーチに?

 元々野球の指導者になりたくて教員になった。自分が高校3年の夏、レギュラーの二塁手だったが、滋賀大会の決勝で負けて甲子園を逃した。悔しくて、指導者として甲子園に行こうと思った。教育実習の直後に多賀監督に誘われて即答した。

 ◆野手陣にノックを打つことが多い。

 守備が原因で負けたら自分のせいだと思ってノックしている。だから、守備でうまくいった時はうれしい。

 ◆昨秋の近畿大会準々決勝の彦根東戦の四回表、1死一塁からレフトに二塁打を浴びたが、住谷湧也左翼手(1年)と中尾雄斗遊撃手(2年)の連携プレーで本塁補殺にした。

 こういう場面を想定して繰り返し練習していた。大事な場面でできてやりがいを感じた。守備での連携を甲子園でも発揮してほしい。

恩師日本一にする 小森博之コーチ(34)

選手の練習を見守る近江の小森博之コーチ=滋賀県彦根市松原町の同校グラウンドで、小西雄介撮影 拡大
選手の練習を見守る近江の小森博之コーチ=滋賀県彦根市松原町の同校グラウンドで、小西雄介撮影

 ◆現在の役割は?

 バッテリーを中心に指導し、相手チームの投手や打者のデータをまとめることもある。

 ◆2001年夏は主将として甲子園に出場し準優勝に輝いた。

 あの時のチームは各選手の自己主張が激しかった上、自分は捕手としてうまくなかったが、いろいろな人に支えてもらい準優勝できた。準決勝、強豪の松山商(愛媛)戦で八回に一気に3点を奪い、5-4で逆転勝ちした試合が一番印象に残っている。

 ◆甲子園から滋賀に戻ってきた時の周囲の反応は?

 とにかく熱気がすごかった。自分たちの試合を見て「夢を与えてもらった」「感動をありがとう」と声をかけていただいたり、全国から手紙が届いたことがうれしかった。

 ◆現在、やりがいを感じる瞬間は?

 バッテリーを中心に1-0などの僅差で勝った時。注目されにくいが、バッテリーと相手打者の駆け引きがうまくいき、最少失点で抑えられた時にやりがいを感じる。

 ◆なぜ近江のコーチに?

 自分たちを準優勝に導いてくれた多賀監督を日本一にして胴上げしたいから。OBとして、微力ではあるが、恩返しするために優勝を成し遂げたい。


 ■人物略歴

たけだ・ひろかず

 1981年生まれ、大津市出身。2000年に近江を卒業。進学した佛教大では内野手として全日本選手権に3回出場した。04年に近江のコーチになった。社会科教諭。


 ■人物略歴

こもり・ひろゆき

 1983年生まれ、東近江市(旧八日市市)出身。近江で3年の夏(2001年8月)に主将で捕手として甲子園に出場し、県勢の最高成績である準優勝に輝いた。卒業後は佛教大に進学し、05年から近江のコーチに。社会科教諭。

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