特集

第94回センバツ高校野球

第94回選抜高校野球大会の特集サイトです。1月28日の選考委員会も速報します。

特集一覧

アンビシャス日大山形!

センバツの記憶 1973年 45回大会 県勢初出場1勝に沸く 水田跡地の猛練習実る /山形

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
【境-日大山形】五回日大山形無死一、三塁、斎藤(与)の二塁打で二塁の片桐が三塁をまわりホームへ=当時の毎日新聞より 拡大
【境-日大山形】五回日大山形無死一、三塁、斎藤(与)の二塁打で二塁の片桐が三塁をまわりホームへ=当時の毎日新聞より

 <第90回記念選抜高校野球>

 36年ぶりのセンバツ出場となる日大山形。これまでに3回を数える春の甲子園での熱闘を改めて、振り返っていく。【的野暁】

 1973年の第45回大会。作新学院(栃木)の江川卓投手(当時、現・野球解説者)が4試合計60個の三振を奪い、大会新記録をマークした。そんな「怪物」の話題で全国が持ち切りの中で、県内は「県勢初のセンバツ出場」に沸いた。

 率いるは前年4月に就任したばかりで、弱冠26歳の渋谷良弥監督(71)だった。最初の年の夏の県大会は1回戦敗退。内外からの批判が殺到した。レギュラー9人のうちの7人が1、2年生という若いチームでもあった。

 しかし、指導の手は緩めなかった。わずか3カ月後の秋季東北大会は準決勝で東北(宮城)を5-4、決勝で仙台育英(同)を7-3で降し、初優勝。「センバツ空白県」のレッテルも見事にはがしてみせた。

 練習グラウンドは水田跡地。雪に覆われるとぬかるみとなり、長靴を履いた26人の部員の動きを奪った。それでも1日10時間の猛練習。渋谷さんは当時の取材で「(練習環境については)頭が痛い。やれる範囲のことはやったんだという気持ちが支えになってほしい」と語っている。

 1回戦第2試合(3月30日)の相手の境(鳥取)は同様に初出場。1年生エース、熊谷篤彦投手が13奪三振の力投をみせ、斎藤与志朗主将、遠藤忠志選手らが長短打を重ねた。

 5-2での初戦突破。3日後の2回戦は天理(奈良)に1-12の大敗を喫し、全国の壁の厚さを痛感した。しかし、帰着した山形駅は出迎えの人であふれかえっていたという。それはまるで、凱旋(がいせん)式のようだった。


1973年の国内外の主な出来事

 1月 パリ協定。米国がベトナム戦争終結を宣言する

 2月 1ドル=308円の為替レートが変動相場制に

 3月 熊本水俣病訴訟で患者側勝訴。企業責任認める

 4月 第45回選抜大会。横浜が初優勝

 5月 大相撲・輪島が学生相撲出身初の横綱昇進

 7月 日本赤軍が中東ドバイで日航機ハイジャック

 8月 金大中事件。韓国情報機関が金氏を東京で拉致

    第55回全国選手権大会。広島商が5回目の優勝

 9月 長沼ナイキ訴訟で自衛隊違憲判決

10月 第4次中東戦争。オイルショック広がる

関連記事

あわせて読みたい