告別式

地元うなぎ店が明かす金子兜太さん「ソース事件」

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金子さんが30代で詠んだ直筆の前衛俳句にソースがかけられた掛け軸を示す塩谷容さん=埼玉県皆野町で、松山彦蔵撮影
金子さんが30代で詠んだ直筆の前衛俳句にソースがかけられた掛け軸を示す塩谷容さん=埼玉県皆野町で、松山彦蔵撮影

 2月20日に98歳で亡くなった俳人、金子兜太(とうた)さんの告別式が2日、熊谷市であった。金子さんと親交のあった皆野町のうなぎ店「吉見屋」店主、塩谷容(よう)さん(82)が参列し、金子さん親子の秘話を明かした。

 塩谷さんの父、潮夜荒(じょうやこう=2004年に93歳で死去)は、兜太さんの父で開業医の俳人、金子伊昔紅(いせきこう=1889~1977年)に俳句を学び、皆野俳壇の中心メンバーの一人だった。

 塩谷さんによると、潮が店の居間で兜太の名の由来を尋ねた時、伊昔紅は「日露戦争の日本海海戦(1905年)では、連合艦隊の東郷平八郎司令長官を支えた副官の功績が大なのに、後世に伝えられていない。せがれが生まれたら、副官にちなんで『兜太』の名を付けると決めていた」と明かした。後日、潮がそれを金子さんに話し聞かせると、金子さんは「知らなかった。ありがとう」と返答したという。

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