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平松 洋子・評『珍品堂主人 増補新版』井伏鱒二・著

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骨董は人格をものがたる 作家の自論と心情が見え隠れする

◆『珍品堂主人 増補新版』井伏鱒二・著(中公文庫/税別820円)

 今年は井伏鱒二生誕百二十年にあたるとのこと、この機に合わせて刊行された増補新版の文庫『珍品堂主人』が興趣に富んでいる。

 中編小説「珍品堂主人」は、骨董(こっとう)の真贋(しんがん)をめぐる泥くさい駆け引きを描いた作品で、『中央公論』1959年1月~9月号に連載、同年末、中央公論社から単行本が刊行された。60年には、さっそく豊田四郎監督の東宝作品として映画化(主演は森繁久彌、淡島千景)されている。私が初めて読んだのは、古書店で購入した函(はこ)入りの単行本だったのだが、これがみょうに胸がざわめく作品なのだ。

 珍品堂主人は五十七歳、戦前は教師だったが、趣味が高じて、といえば聞こえはいいが、ようするに惚れ込んだものを手中にする快楽に取り憑(つ)かれて骨董屋になってしまった男。本人は美術鑑賞家としていっぱしのつもりだが、真贋の査定や値付け、売り買いの様子から、世間は揶揄(やゆ)をふくんで珍品堂と呼ぶ。骨董の世界はキツネとタヌキの化かし合い、怪しい火箸が「巡査の月給一箇月分」で売れたりすると、珍品堂はがぜん…

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