連載

余録

毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

連載一覧

余録

歌舞伎の超人的な主役が大暴れする…

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷

 歌舞伎の超人的な主役が大暴れする荒事(あらごと)で評判をとった初代市川団十郎(いちかわだんじゅうろう)が、上方で優美な和事(わごと)を確立した坂田藤十郎(さかたとうじゅうろう)と会う話が伝わっている。座敷で長く待たされた団十郎が、ふと向こうの別の座敷を見た▲すると着流し姿の藤十郎らしき男が花を生けてまた消えた。怒った団十郎が帰ろうとすると、髪を結い直し、改まった袴(はかま)姿の藤十郎が「お待たせしました」と現れた。団十郎は気をのまれ、感服する(戸板康二著「歌舞伎十八番」)▲荒事をお家芸とした市川家は後にその代表的演目を「歌舞伎十八番」にした。さてこちらは核やらミサイルやらの荒事で世界の悪評を集めてきた北の3代目である。今度は一転、「非核化」を口にして和事へ芸風を切り替えたらしい▲むろん北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長が韓国の特使との間で来月末の南北首脳会談開催で合意した一件のことである。委員長は非核化や関係正常化へむけて米国と対話する構えを示し、対話中は核実験やミサイル発射を凍結するとも表明した▲話は実に結構だが、思い出すべきは「非核化」のせりふで援助を獲得しながらひそかに核・ミサイル開発を進めた北3代の芸風である。またも同じ手で制裁を逃れ、核戦力構築の時間稼ぎをされてはたまらない。そう身構えて当然だ▲ここはけれん味たっぷりの3代目の演技に気をのまれることなく、合意した「対話」を検証可能な非核化へとつなげねばならない。遠くの座敷の生け花のような目くらましでは年季の入った北のお家芸である。

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集