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第103回全国高校野球選手権

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青侍の挑戦

センバツ・近江 第3部・野球部の歩み/上 監督の信念、実を結ぶ 練習の成果、甲子園で発揮 /滋賀

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1981年夏の甲子園に主戦として出場した加藤州宏さん(後列右端)ら近江OB会役員=滋賀県彦根市松原町の近江高で、小西雄介撮影 拡大
1981年夏の甲子園に主戦として出場した加藤州宏さん(後列右端)ら近江OB会役員=滋賀県彦根市松原町の近江高で、小西雄介撮影

 <第90回記念選抜高校野球>

 今春で甲子園出場が春夏通じて17回目となる近江は2001年夏に準優勝するなど、今では県を代表する強豪となった。甲子園常連校になるまでの歩みを振り返る。

 「ほんまにこんなんで甲子園に行けるんかな」。1980年に入学した加藤州宏さん(53)や太田達彦さん(同)は、練習環境が整っていない野球部にあぜんとした。専用グラウンドはなく、夜間用照明設備もない。グラウンド整備のためダンプカーで運ばれてきた土から石を取り除く作業もさせられた。

 当時の監督は鬼軍曹と呼ばれ、バックネットには「情熱なき者は去れ!」と書かれたベニヤ板が掲げられた。その言葉通り、ベースランニングやノックばかりを1日に3、4時間することもあった。午後10時ごろまで練習し、日が落ちると車のヘッドライトでグラウンドを照らす。「1日1日を乗り切るのに必死で甲子園は遠い夢だった」。加藤さんは苦笑まじりに振り返る。

 しかし、この基本に忠実な練習を続けた成果が、2年生になった81年夏に発揮される。滋賀大会を勝ち上がり、決勝は2回戦から4試合を無失点に抑えてきた比叡山を4-1で降した。

 初出場となった甲子園では1回戦で鶴商学園(現鶴岡東、山形)と対戦。4-3で競り勝ち、甲子園初勝利を挙げた。2回戦で和歌山工に0-2で敗れたが、彦根市からの甲子園出場は53年春の彦根東以来28年ぶりで、地元では温かく迎えられた。

 その後は甲子園から遠ざかったが、89年に多賀章仁・現監督(58)が就任してから常連校への道が開ける。多賀監督は「打撃は良くて3割。だが、守備は10割を目指せる」との信念で守備を重視。練習の半分以上がノックの日も重ねてきた。

 こうした指導が徐々に実を結ぶようになる。92年夏、多賀監督になってから初めて甲子園に出場。94年夏に初勝利、98年は春夏連続出場を果たした。そして01年夏。近江は光星学院(現八戸学院光星、青森)や松山商などの強豪を次々と倒して勝ち進む。【小西雄介】

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