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明日を探して

東日本大震災7年/7止 望郷抱き、根を下ろす

 東京電力福島第1原発の北約17キロ、福島県南相馬市にある集落。林崎隆さん(69)は、妻恵美子さん(67)と自宅の母屋や離れを酒と塩で清め、両手を合わせた。「お世話になりました」。代々受け継いだが、解体する家の見納めだ。「振り返るなよ」。車で埼玉県熊谷市に向かう5時間半、会話はない。二人はひたすら前を見つめた。

     東日本大震災の時は集落の自治会長だった。津波が押し寄せたが、奇跡的に残った自宅に集落の人々が集まった。ご飯を炊き、おにぎりを握った。確かな一体感があった。

     しかし、翌日、第1原発が水素爆発し、人々は散り散りになった。林崎さんも90代の父母と各地を転々とし、熊谷市の県営団地に落ち着いたが、老父母は環境になじめず、体調を崩す。南相馬の介護施設の待機者は500人。「少しでも広い家に」と中古住宅に転居したが、先祖の家を守ってきた父に、家を買ったと告げるまで半年かかった。

     「もう戻れない」。震災から5年目の春、9日かけて集落を回り、一軒ずつそう伝えた。みな押し黙った。「頑張れ」という言葉を聞けないが、気持ちもわかる。帰還者は高齢者が多い。単身者も目立つ。人手不足で草刈りの負担も重く、ごみ収集もない。「故郷はもう昔の故郷ではない。バラバラだ」。顔を合わせるのがつらく、墓参りは人目を避けた午後。それでも毎晩、自宅や幼なじみの姿が夢に現れた。

     喪失感にさいなまれながらも、熊谷での地域活動にはなるべく参加した。グラウンドゴルフで友人ができ、買い物先で声をかけられるようになった。福島弁で語り合える避難者の組織もあった。「いつまでも避難者でいいのか」と、いったん解散したが、故郷への立ち入り制限が徐々に解除され、自宅の解体や墓の管理といった新たな悩みが生まれると、1年後に再結成。会長に推され、「くまがや結(ゆい)の会」と名付けた。

     会には避難者だけでなく、熊谷の住民も参加している。「故郷はいつも頭にあるけれど、熊谷にも溶け込みたい」という思いからだ。月に1回のペースで昼食会、日帰りの小旅行にも出かける。

     昨年、熊谷に古くから住むメンバーに、地域の防災訓練で被災経験を語るよう頼まれた。「分かってもらえるだろうか」と不安だったが、今年2月の会合で約60人が聴き入った。会を主催した鎌本定雄さん(74)は「人ごとと思えない」と思った。「一人の個人が、地震、津波、放射能から逃れて、ここにたどり着いた。胸が詰まる」。鎌本さんは原子力関連施設が集まる青森県下北半島出身。また一人、心を許せる友人ができた。

     それぞれの事情で、南相馬に戻る人もいれば、戻らない人もいる。「どちらにも事情があり、正解はない」と考える。被災者それぞれに故郷のかたちがあり、故郷とのつきあい方がある。「福島への思いはずっと断ち切れないけれど、それもいい」。そう思っている。【奥山はるな】=おわり

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