ぶんかのミカタ

葬送の今昔/上 「あの世」の沙汰までカネ次第=奈良大准教授・木下光生

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 本紙2017年8月12日夕刊でも報道されたように、昨夏、江戸時代の大坂における葬送を考えるうえで、画期的な発掘調査がなされた。かつて大坂三郷(さんごう)の周辺に点在していた火葬場の一つ、梅田墓がその姿を露(あら)わにしたのである。発掘担当者のご厚意で、筆者も現場を間近でみることができたが、近世大坂の火葬場で働いていた三昧聖(さんまいひじり)を追究したことのある身としては、その光景は強烈であった。

 なかでも印象深かったのは、土葬にされた遺体の、「葬られ方の差」であった。江戸時代の大坂では、ほとんどの遺体が火葬にされ、ごく一部が土葬にされていたことが文献史料で判明していたが、その土葬の実態が生々しいかたちで明らかとなったのである。

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