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ヒップホップ

ECDさん、デモに刻んだラップと生き様

国会前で安保関連法案反対の声を上げるECDさん(右)。左はUCDさん=東京都千代田区で2015年7月17日、安部英知さん撮影
ミュージシャンのECDさん=Pヴァイン提供

 日本のヒップホップ界の草分けだったラッパーのECD=本名・石田義則=さんが、がんで闘病の末、1月下旬にこの世を去った。57歳。反原発やヘイトスピーチ反対などの社会運動に熱心で、デモがラップ調に変わる流れを作った人物でもある。「言うこと聞かせる番だ俺たちが」--。ECDさんがデモで叫び続けたリリック(歌詞)と不屈の精神は、若者たちに受け継がれている。【福永方人/統合デジタル取材センター】

イラク戦争で社会運動に目覚める

 ECDさんは1960年に東京都で生まれ、80年代にラッパーの活動を開始。「ECDのロンリーガール」(97年)などの曲で知られ、96年には日比谷野外大音楽堂(東京都)で開かれた伝説のヒップホップイベント「さんピンCAMP」を主催した。近年は執筆活動にも取り組んでいた。

 社会運動に目覚めたのは2003年3月、米国のイラク戦争に抗議するデモに参加したことがきっかけだった。

 <イラク開戦の当日、この日も僕は朝から仕事に出ていた。待機時間に控え室でテレビを観ていたら世界各地でイラク空爆を抗議するために多くのひとが集まっていることをニュースが伝えていた。僕はいてもたってもいられない気持ちになった>

 近年のデモの写真を集めた共著「ひきがね」(ころから刊)で当時をそう回想する。

 イラク戦争の引き金となった01年9月11日の米同時多発テロについての記述もある。当時のブッシュ大統領は、各国に向けて「われわれの味方になるか、あるいはテロリストの側につくか」と演説した。

 <この言葉は僕がそれまで座っていた観客席から引きずり降ろすのに充分だった>

サウンドデモをシールズが引き継ぐ

 ECDさんがデモに参加し始めた03年、トラックの荷台でDJがヒップホップやハウスミュージックを大音量で流しながらデモ行進する「サウンドデモ」が東京・渋谷で登場していた。参加者は音楽に合わせて踊ったりシュプレヒコールを上げたりする新しいデモのスタイルだった。ECDさんも深く関わり、デモに興味を持つ若者が徐々に増えていった。

 ヒップホップは70年代に米ニューヨークで生まれた。元はパーティー音楽の性格が強かったが、80年代後半から、黒人の地位向上などを訴える政治的な曲が増えていった。米国では近年、白人警官による黒人への暴行問題などを受け再びヒップホップの政治性が強まり、人種差別をテーマとした曲が全米で大ヒットしている。日本のヒップホップにも社会派の曲はあるが、ヒットチャートをにぎわすには至っていない。

 11年の東日本大震災以降、ECDさんは反原発デモやヘイトスピーチに反対するカウンター活動に積極的に参加するようになる。13年からは国会前などで特定秘密保護法案や安全保障関連法案に反対する若者たちのデモが盛り上がりを見せた。彼らの象徴的存在だった学生グループ「SEALDs(シールズ)」はサウンドデモを発展させ、より斬新なスタイルを生み出す。

 <Tell me what democracy looks like?>

 <This is what democracy looks like!>

 <民主主義ってなんだ?>

 <これだ!>

 英語のコールを取り入れ、その日本語訳も叫ぶ。日本語で同じ言葉を単調に繰り返す従来のシュプレヒコールとは違い、応答の言葉を変えるパターンも導入した。ラップ調のリズムや声の出し方は新鮮で、女性メンバーも積極的にコールを主導。従来にはない熱気につながった。

ラップは言葉を届ける技術

 元シールズのメンバーで、「UCD」の名前でラッパーとしても活動する牛田悦正(よしまさ)さん(25)は「僕らの世代にとってデモといえばサウンドデモが当たり前。それを基本に、好きなヒップホップを取り入れて、ダサくならないように見え方を工夫しました」と話す。新たな世代による新しいデモの“発明”が、若者たちの政治参加という新しいうねりを起こす要因となった。

 シールズは、ECDさんの「言うこと聞かせる番だ俺たちが」というリリックもコールに取り入れた。「めちゃかっこいいと思って、パクらせていただきました」と牛田さんは笑う。元はECDさんが12年、別のヒップホップグループの曲にゲスト参加した際に歌ったフレーズだ。ECDさんはその曲で、反原発のメッセージを力強くラップしていた。

 <黙ったまんまじゃ殺される。国が人の住めない土地に変えたんだ>

 「米国のシュプレヒコールはラップと差がない。ラップは人に言葉を届けるための技術で、日本でも効果的なコールを作る工夫をしていたら必然的にラップに近づいたということでしょう」。こう語るのは、ECDさんと親しく、日本のデモの歴史にも詳しい音楽ライターの磯部涼さん(39)だ。「デモが音楽性を帯びたきっかけはサウンドデモ。石田(ECD)さんたちの試行錯誤があったからこそ、シールズのデモの形ができたと思います」

偉ぶらず次世代を後押し

 デモで声を張り上げる姿とは裏腹に、ECDさんは普段は無口だった。自身について著書で「群れるのが嫌いな人間だった」と明かしている。実際、デモなどに参加しても、終わるとすぐにその場を立ち去ったという。牛田さんは「デモが行われている現場の路上に一人でいる不思議な方、というイメージでした。あいさつをしても無言で会釈するだけ。終わった後の軽い打ち上げなどではほとんど姿をお見かけしませんでした」と振り返る。

 磯部さんは「あくまで市民生活の一環としてラップをし、社会運動に参加していたのが石田さん。つるまず、りんとした孤独を保ち続ける姿が美しく見えました」と語る。牛田さんはこうも言う。「路上活動は誰かと一緒にではなく一人でもやるものだという感覚を、僕と強く共有している方の一人だったと思う。だから活動について話す必要はありませんでした。ツーカーと言うか」

 「ECD」に似た牛田さんのラッパー名「UCD」は周囲が呼び始め、定着していったそうだ。15年8月30日、シールズなどが主導する国会前の安全保障関連法案反対デモが最大規模に膨れ上がった。ECDさんはツイッターに「そろそろECDはUCDのパクりって言うやつが出てくるぞ。楽しみだ」と投稿した。

 牛田さんはそんな大先輩を「有名人なのに決して偉そうにせず、若い世代が育つことを喜び、ひたすら見守ってくれる。日本のアーティストはほとんどデモに来ず、政治的な発言すらひよる(避けようとする)のに、ECDさんは理想の姿を示してくれました」と敬愛する。そして、亡くなった今、UCDという名前の重みも感じている。「ラッパーとしても人間としても、恥ずかしくない生き方をしていきたいと思っています」

 ラップやデモで社会に声を上げ続け、若者の政治参加を後押ししたECDさん。デモの意義について「ひきがね」でこう書いている。

 <デモに参加した経験から実社会の生活に持ち帰るものが世の中を少しづつ変える。そのひとつが「声」を取り戻すことだ>

 「言うこと聞かせる番だ俺たちが」は、学校法人「森友学園」の国有地取引を巡る決裁文書改ざん問題を受け、首相官邸前で続く抗議活動でもコールされている。

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